2021年2月日記Z
2月28号(일요일) today:3h // 今月 中国語:18.5h / 韓国語:29h
汉语
・作文 3時間 「中国語ステップ100」フレーズ書き取り
2月27号(토요일) today:0h // 今月 中国語:15.5h / 韓国語:29h
語学の勉強ばかりやっていると、考える力が弱くなるので、やっぱり本も読まないといけないと思い、本を読む時間もつくることにした。2月22日の日記に書いている『日韓併合期ベストエッセイ集』の安岡章太郎の文章が気になって、その後も考えていたのだけど、この文章を受けて、いくつか調べないといけない問題が出ていた。
(1) 日本は朝鮮でどのような統治を行っていたのか。
(2) 台湾における統治では、台湾の人びとから後藤新平や新渡戸稲造を評価する声も聞かれるが、朝鮮においてはそのような人物はいないのか。
(3) イギリスやアメリカは植民地統治の方法論を良くも悪くも持っているが、日本は持っていなかったのか。
(4) "他者”についての理解はあるのか。(1)〜(3)については追い追い調べることとして、しかし論点を先取りすれば、このなかでもっとも重要なのは(4)である。
例えば、東大で、法学部と経済学部と文学部とあと教養学部っていうのがあるのか? そのあたりよく知らないけど、それらの学生に「他者について原稿用紙10枚で論ぜよ」という問題を出したらどうだろうか?
おそらく文学部の学生が一番まともな回答を書いてくるんじゃないかと思う。というのは人文学では他者概念などを扱った高いレベルのテクストを徹底的に読み込む。正直、大半の学生が難しくて読めずに挫折するけれども、それでもいろんな文献をあさって、色々調べて、勉強会や翻訳会を開いて、難解なテクストになんどもなんども挑戦する。
もちろん、他者問題については、法学的なアプローチ、経済学的なアプローチもあるのだろうけど、テクストを読むということでいえば、人文学部の教育がいちばん徹底しているのではないか?
昨今、人文学部不要論が叫ばれているけれども、本もろくに読まずに大学を卒業した連中が、大学をどうするとか言わないないでほしいんだよなー
さて。
ちなみにビジネスの現場はどうかと言えば、「他人」という概念を自身のビジネスモデルに組み込んでいる企業はたくさんあると思われるが、「他者」という概念を組み込んだビジネスモデルを確立している企業は皆無だと思われる。
というのは、「自分のことだけではなく、他人のことも考えましょう」「Win-Winの関係を築きましょう」というように「他人」という概念を組み込むことは、ビジネス的にも有用なので活用される傾向が強い。
しかし「他者」という概念はそもそも理解できないし、ビジネスモデルに組み込むと、途端に難易度が跳ね上がるので、そういうことを考えているビジネスパーソンは存在しないと思われる。
だからといって建設業は終わってる、製造業も終わってるというように、ビジネスの現場の人々を安易に責めないでほしいですけどね...
「他者」とか、そんなレベルの高いことまで考えなかったとしても、企業の経営を成り立たせるのは大変だし、事業を運営するのも大変だし、利益を出して、雇用を確保するというのは本当に大変なことですから。
だからプロの学者や作家の方々にお願いしたいのは、こういった難解な問題を扱ったテクストに挑み続けたり、あるいはまだ誰も成し遂げていない理論や作品を創り上げること。難しい状況下であっても書き続けるという姿をわれわれに見せて欲しいです。それがたとえ失敗に終わったとしても、その姿はよのなかの人々にちゃんと伝わりますから。
余談がすぎたけど、本題に戻って”他者”という問題に対峙している作家に多和田葉子さんがいらして、僕はこの問題にぶち当たると、いつも彼女の本にもどってくる。
『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』
この本を買ったのは何回目だろう? ずっと単行本で持っていたけど、いまは文庫本になっているんですね。
それで今回は、ソウルと北京のところを読んだ。以前はまだ中国語や韓国語を勉強していなかったので、この箇所はあまり記憶に残っていないのだけど、今読むととても心に響いた。
これまでも「移民文学」「クレオール文学」というような言葉はよく聞いたが、「エクソフォニー」はもっと広い意味で、母語の外に出た状態一般を指す。外国語で書くのは移民だけとは限らないし、彼らの言葉がクレオール語であるとは限らない。世界はもっと複雑になっている。
(多和田葉子『エクソフォニー』より)ソウルを離れるときには、別れの痛みさえ感じた。仕事で外国に行った時にはどんなにすばらしいところでも、別れの悲しみなど感じないわたしにとって、韓国は唯一の例外だった。パネル・ディスカッションの時、パネリストの一人であった作家朴婉緒(パク・ワンソ)さんに対して、聴衆の中にいた学生が「影響を受けた外国の作家は誰ですか?」という質問を出した。朴婉緒さんは、ドストエフスキーやバルザックを筆頭に、何人かヨーロッパの作家の名前を挙げた。すると、その学生は腑に落ちないというような顔をしてもう一度手を挙げて、「日本の文学は全然読まなかったんですか?」と尋ねた。今度は朴さんが驚いた顔をして、あなたは外国の作家で影響を受けたのは誰か、と聞いたのではなかったのか、日本文学が外国文学だという発想はわたしたちの世代にはない、わたしたちの若い頃は日本語を読むことを強制され、韓国語は読ませてもらえなかったのだし、だからドストエフスキーなどヨーロッパの文学も全部、日本語訳で読んだのだ、と答えた。
母語の外へ出る楽しみをいつも語っているわたしだが、日本人のせいでエクソフォニーを強いられた歴史を持つ国に行くと、エクソフォニーという言葉にも急に暗い影がさす。母語の外に出ることを強いた責任がはっきりされないうちは、エクソフォニーの喜びを説くことも不可能であるに違いない。
中国という文化的巨人と日本という侵略国家の間に挟まれて、韓国は徹底的に自分の言語の純粋性を求めるようになったのではないか、という印象を受けた。排除する対象は、日本語だけではない。漢字も排除されていった。「漢字を使わないようにしてハングルだけにしていったら、昔の本や学術書も読めないし不便じゃないの?」というわたしの質問に対して学生が「でも中国文化の大きすぎる影響を排除するためには漢字を使っていてはだめだ」と答えた。なるほど、漢字を使っていれば中国文化の巨大な傘の下から出られない。
(多和田葉子「ソウル 押し付けられたエクソフォニー」より)簡体字に偏見をもつ日本人は、わたしだけではないだろう。心のどこかで、簡体字などは輝かしい中国の文化史に偶然あらわれた悪戯書きのようなものだと感じている人はたくさんいるだろう。ところが北京から戻って、高島俊男の『漢字と日本人』という本を読んでいると、実はわたしが小学校の時から唯一正しい字として習ってきた日本の新漢字も、漢字を廃止しようという政治的な意図のもとに急いで作られた簡略体に過ぎず、旧漢字を体系的に理解している人間から見ればとんでもない矛盾を含んでいるということが分かった。読んでいくうちに、気が鬱々としてきた。単純化され歪曲されたカタカナ英語ばかり目につく日本語から逃れて、美しい漢字の世界に浸ろうと密かに計画していたのに、日本の漢字世界も、実は単純化され歪められた中国語に過ぎなにのか。すると今、自分が書いている日本語というものがフェイクの闇市に見えてくる。ぺらぺらで、しかも、ぼろぼろなのだ。日本の漢字改革に欠点があったというだけなら別に腹も立たない。どんな正字法改革にも欠点は必ずある。しかし漢字の改革が、いつかは漢字などやめてしまおうという気持ちで大慌てで行われたということに腹が立つ。しかも、上から押し付けられたような印象が拭えない。ワープロに入っていないというだけで書きたい字が書けないときの苛立ちともどこか似ている。ワープロは教科書ではなく商品なのだから、どの字を入れるべきかを消費者が決められてもよさそうなのに、そんなチャンスはない。何しろ「うちだひゃっけん」の「けん」の字が出ないのだから、ワープロの漢字の選択を決定している機関で働いているのはいったいどんな人たちなんだろうと首をかしげたくなる。
(多和田葉子「北京 移り住む文字たちより」)多和田さんは、自分の名前が簡体字で「多和田叶子」という字になってしまうことにかなり違和感を感じたようだけど、詩人のウィリアム・バトラー・イェイツに至っては、中国語で「威廉·巴特勒·叶芝」だから、これはもう「おまえ、いったい誰だよ?」という感じで、「千と千尋」レベルの話ではない。
2月26号(금요일) today:4h // 今月 中国語:15.5h / 韓国語:29h
汉语 オンラインレッスン:1.5時間
・听力 単語の聞き取りテスト
・书写 語順整序問題と簡単な作文のテスト(作文の時間を長めに)・作文 2.5時間 「中国語ステップ100」フレーズをカードに。作文のときの文型の矯正のため。
2月25号(목요일) today:4h // 今月 中国語:11.5h / 韓国語:29h
한국어:4時間
・単語:2時間 レッスンの小テスト勉強
・文法:2時間 「TOPIK1 総合対策」の文法パート。フレーズを単語カードに書く。韓国語のレッスンは先生の急用で来週に延期。
2月24号(수요일) today:2h // 今月 中国語:11.5h / 韓国語:25h
한국어:2時間
・単語:2時間 レッスンの小テスト勉強
単語を覚えるのは大変である。
호프 바 나이트클럽 디스코 술집
2月23号(화요일) today:4h // 今月 中国語:11.5h / 韓国語:23h
한국어:4時間
・単語:2時間 レッスンの小テスト勉強
・音読:2時間 テキストの文章を2つ(レッスンの宿題)ジムの帰りに寄った本屋でたまたまこの本を見つけたので、パラパラと読んだ。僕が韓国語を学ぶモチベーションをうまく説明してくれている一節に出会ったので引いておく。
韓国語の世界をより深く、近しく知ることができるといったことは、どの言語にも当てはまる。その言語を学べば、その言語の世界を深く知りうるのだから。しかしここでことさら〈隣近所性〉と言うのは、他の多くの言語とは違って、さらに韓国語には決定的に重要なことがあるからである。韓国語は実に、日本語圏のすぐ隣に存在する。そうであるがゆえに、学ぶことによって見えてくるものの量と質が、リアリティが全然違う。遠く離れた世界ではない。文化も歴史も、人々も、すぐ隣に存在するのである。この隣近所性がもたらすリアリティの質量は圧倒的である。
それだけではない。学べば学ぶほど、知れば知るほど、実は日本語圏の内部にも韓国語=朝鮮語圏に源を発する様々なものが存在し、それも場合によっては日本語圏の世界を形作るのに不可欠なDNAのように存在していることが見えてくる。『古事記』『日本書記』『万葉集』といった古い時代から、同時代の在日朝鮮人・韓国人の存在まで、日本語圏の人々にとって、韓国語圏の人々は、実は〈自己〉と異なる、単なる〈他者〉などではないことがわかる。
日本語圏には文字というものがなかった。従って、ことばと言えば、〈話されたことば〉しかなかった。〈書かれたことば〉は誰も見たことがなかった。日本列島にもたらされた〈書かれたことば〉は漢字で書かれた漢文であった。
書かれた史書を見る。応神天皇の代に朝鮮半島の国・百済から『古事記』によれば和邇吉師、『日本書記』によれば王仁という賢人を呼ぶ。王仁は書首らの始祖となったという。なお『千字文』と『論語』を伝えたとあるが、この時代にはまだ今日に言う『千字文』はない。
いずれにせよこうした記事は、人とことばと知の流れを私たちに教えてくれる。人と共に知が朝鮮半島から日本列島に渡る。それもことばが、知が、日本の支配の中枢へと朝鮮半島からやって来る。それが日本語の世界の知の源を形作る。そして日本列島はそれらの知と血を受け継ぐ。近接性とか近隣性とか言わず、ここで隣近所性と呼んでいるのは、自分たちの中に共に存在するという形を、ずっと受け継いできているからである。韓国語は日本語と共に生きている。
なお、ここで一気に、そうだ、日本と韓国の祖先は同じだ、などとやみくもに突っ走っては、絶対にいけない。日本の植民地支配の支えの一つとなった「日鮮同祖論」のように、とんでもないイデオロギーに嵌ってしまう。韓国語圏からもたらされたものが、日本語圏に様々な形で存在し、様々に受け継がれていることを、丁寧に見て、多様なことがらをそれぞれ個別にきちんと考えていくことと、乱暴に「祖先」は同じ、だから同じ「国民」などとやるのとは、その本質のところで違う。暴力的な議論はいつも危ないのである。
(野間秀樹『韓国語をいかに学ぶか』より)
2月22号(월요일) today:0h // 今月 中国語:11.5h / 韓国語:19h
今日も『日韓併合期ベストエッセイ集』を読んでいた。そのなかで柳宗悦の文章がよかったというか、韓国(朝鮮)の本質を捉える上で、彼の見方は、すごくフィットしていると感じられた。
柳宗悦は、大学入試の試験問題に好まれそうな対比構造を明確にした文章の書き方をする。僕はもうおとなだから受験生みたいな素直な読み方はしないで、「そんな単純な対比成り立つわけねーだろ」とつっこんだり、作者の意図(作者のイイタイコト)ではなく、作者の魂胆(作者が持論に引きつけようとするシタゴコロ)が働いていないかを探りながら読むのだけど、この文章に限ってはそういう淫な気持ちではなく、まるで受験生のような純な気持ちで読んだ。
朝鮮もの(器物)は大体から言って二つに分かれる。高麗のものと、李朝のものと。前者の美しさは早くも宋の時代に支那でも認めたものである。青磁の秘色は又とない麗しさがある。技術の方を見る人々は、誰もこの時代の青磁を一番だという。それに細かな象嵌の手法や美しい鉄絵等が進んできて、その歴史を賑やかに飾った。高麗のものは繊細である。線の微妙さは譬えようもない。それほどに進んだものだと言える。だが之につれて弱みが加わってくる。遂には果てない情まで誘う。国の弱さや無常の教えがここまで導いたのだと思える。高麗の品は女性的である。だが之に比べると李朝のものは幅さ(ママ)がある。時代が変わると共に教えも仏教から儒教にうつる。曲線が直線へと転じてくる。際立った対立である。種類の変化は李朝に来るとずっと多い。或人はこの時期で、焼物が下落したかの様にいう。繊細な技巧だけを見る人々にこの見方が多い。だが美しさの方から見ればそう簡単には言えない。この号がそれを証明する。
李朝のものにも三島手と堅手とが分かれている。三島手は高麗のつながりである。青磁の技術が衰えて三島になったのだと説明する人が多い。そう説くと条道が立つ。だが美まで衰えたというなら間違っている。新たに加わった白絵刷毛目の手法は、今までにない味を産んだ。大まかな、ゆったりとした、奔放な味は三島手に来なければならぬ。高麗にはない渋さがある。多くは貧乏な坊さん達の暮しの技だったといわれるが、どこか静寂なこだわりのない禅趣がある。こんな簡単な味は高麗には乏しい。三島手が日本に伝わって、茶器として無上に悦ばれたのも無理はない。味わいの点からいうと私は三島ものを挙げたい。味が渋くて、妙に深味がある。使いこなしたものになると一入である。
(柳宗悦「朝鮮陶磁号序」より)柳宗悦は朝鮮の器物では、高麗のものよりも李朝のものを評価している訳だが、要するに李朝のもののほうが「民藝」なるものに通じていると言えるということでしょう。
民藝ってなにかというと、イメージはすぐにできるのだけど、説明しようとすると長くなる。誤解を恐れずに言えば、これ。
柳宗理 「バタフライスツール」無駄をはぶいた簡素、作為に傷つかない自然さ、簡単な工程、またはそこに見られる無心の豊かな模様、健実な確かな形、落ち着いた深みのある色、全体を包む単純な美(柳宗悦「民藝とは何か」より)李朝と高麗の違いを確認しておくと、韓国の歴史はまだ勉強していないから、この文章から推測するけれども、高麗は国が弱かったので宋の影響をかなり受けていたのに対して、李朝は国がけっこうしっかりしていたから独自の文化を育んだのではないか。またこれは決定的だけど、高麗が仏教文化だったのに対して、李朝は儒教文化になったということ。
柳宗悦を受けて、韓国(朝鮮)の良さが李朝にあるとするならば、つぎは「儒教とは何か」を調べるのがセオリーだと思われるが、ちょっと角度をかえた視点から考察したいと思う。
というのは、高麗は儒教云々ではなく、そもそも朝鮮的なるもののちからが弱かったとも読めるから。宋の影響を受けていて、そもそも朝鮮的ではなかったとも言える。ならば朝鮮的なるものとは何かを儒教とは違った角度から探ることもできるのではないか。
そこでかなり飛躍があるのだけど、このエッセイ集に、柳宗悦のほかにも興味深い視点が示されている文章があって、そっちに話を展開していきたいのだけど、それは安倍能成の文章で、彼は朝鮮の風景を描いている。
聞く所にして誤がなくば、朝鮮は三分の二位は花崗岩質だという。そのせいであろう、山の土は多くが赤いか白いかであり、河の砂も常に白く、そうしてそこを流れる水も大体に於いて清らかである。空が鏡のように晴れて大地が大体に白い故、朝鮮の景色には総べて汚さ、むさくるしさ、暗さ、物凄さ、気味わるさがない。それは清く、明るく、開けっぱなしである。しかもその清く明るい中に、何となく滋味のないような、たよりのないような寂しさがある。例えば洗い晒しの白地の雑巾といったような所がある。その原因は主として今までの山林の荒廃、人間が自然から取るだけ取って自然を守り育てることをしなかった投げやりから来るように思われる。(安倍能成「朝鮮所見二三」より)柳宗悦による朝鮮の見方に通じるものが、安倍能成の文章にもある。
ここで、はっとしたのが「花崗岩」という視点で、例えば、西洋建築と日本建築とを比較するときに「石の建築」と「木の建築」という対比はよくするのだけど、西洋建築の石というのは、一般的に大理石(石灰岩)であって、日本や朝鮮の石とは違う。現代建築だったら、ヨーロッパの建築のように、日本でも赤トラ(赤色のトラバーチン)などを高級な建物で使うこともあるけれど、原則、内装材ならいいが、外装材には使うなと言われている。
それで、安倍能成の朝鮮の風景描写を読んで気づいたのだけど、西洋と東アジア(韓国、日本、あと中国も入れていいか?)を比較するときに「石灰岩」と「花崗岩」という対比は有効ではないか。
そして「花崗岩」といえば、次の一節が必然的に頭に浮かんでくる。
山の一番高いところにあるのも、一番低いところにあるのも花崗岩である。花崗岩の性質はいまでこそ前よりもよく知られ、他の岩石から区別されるようになりはしたが、じつはこの岩石こそが地球の礎石を成すものであり、他のさまざまな山岳はどれもこれもこの上層にできたものにすぎない。花崗岩は地球の内部の一番奥深いところにびくともせずに休らっているし、ときには地上に高く山岳となって聳え立ち、万物を包みこむ海の水もその頂には触れることができない。花崗岩についてわれわれの知っていることは、せいぜい以上のことにすぎない。花崗岩を構成する鉱物はよく知られてはいるものの、その組成過程は謎につつまれ、その起原は火にも水にも求めることはできない。きわめて単純ながらも、花崗岩はその組成によってじつに多種多様に果てしなく変化してゆく。構成物質の配置や比率、花崗岩の年齢、色彩は山岳によって異るし、そもそも山岳を形成している岩塊は、同じ山岳のなかにおいても一歩あゆむたびに違いを見せてくることが多いが、全体としてはつねに同じものなのである。
(ゲーテ「花崗岩について」より)この一節はゲーテの根本思想である「メタモルフォーゼ」を端的に示すものとして、しばしば引用される。高橋義人は以下のように解説している。
ありとあらゆる動物や植物は、原動物(原型)や原植物のなかに包摂され、この点で自然は根源的な同一性を示している、ゲーテは形態を、それを変化させる力との関係において捉えながら、動的にして総合的な生物学の確立をめざしていたと言えよう。
建築で言えば、ほぼ同時代のゼンパーが、同様の思想で理論構築を行なっているが、柳宗悦が「民藝とは何か」で言わんとしている世界観もゲーテに通じている。
なるほど。
韓国の本質を理解する上で、「儒教」と「花崗岩」は押さえておかねばならない。
やべぇ、もう1時だ。本なんて読んでないで、勉強しないと....
2月21号(일요일) today:3h // 今月 中国語:11.5h / 韓国語:19h
한국어:3時間
・単語:レッスンの小テスト勉強
今週は仕事の疲れがたまっていたのでゴルフの朝練はキャンセルして久しぶりに本を読んだ。
戦前の朝鮮の様子を知ることができる本はないかと知人に尋ねたら、この本を教えてくれたので読んだのであった。例えば、大正時代や戦前の東京の様子を夏目漱石や永井荷風の文章をとおして眺めるように、作家の文章をとおして日韓併合期の朝鮮の様子を観てみたいと思ったのだ。幼少期を朝鮮で過ごした五木寛之はこのように綴っている。
もっと辺鄙な村に引っ越すことになりました。というのは、父親が、そこにある普通学校、つまり当時の朝鮮人だけの小学校に、校長先生として赴任することになったからです。 内地にいれば、まだ地方の小学校の一教師にすぎないだろう日本人も、当時、植民地へ行けば、若くても出世して校長になれる、ということがありました。 そのため、日本では報われない人たちが、新天地をもとめて植民地へきていたのです。(中略)遊び相手は、同年配の朝鮮人の子どもたちだったのです。 そういうとき、私が使うのは日本語だけです。一方、彼らのほうは日本語をほとんど使わない。日本語を強制されてはいても、日本人がほとんど誰もいないのですから、当然、彼ら同士はいつも朝鮮語で話しているわけです。 しかし、一緒に遊んでいるうちに、私のほうも朝鮮語を片言で少しはおぼえますし、向こうも日本語を教えられているので、片言の日本語はわかります。コミュニケーションにはさほど問題なかったような気がします。
(五木寛之「運命の足音」より)これくらいの関係ならばよかったと思うのだが、京城(ソウル)にいた安岡章太郎はまったく異なる原風景を描いている。
当時は日韓合併後、まだ二十年とたっていなかったはずだが、日本人は朝鮮のなかに完全に日本人だけの社会をつくり上げていた。南山幼稚園にも、南山小学校にも、朝鮮人の子供はたぶん一人もいなかったはずだ。そんなだから、僕は朝鮮に何年いても、朝鮮語というものは、二、三の単語を知っている程度で、まったく憶えようともしなかった。それどころか、日本は朝鮮人に朝鮮語をつかうことを禁じ、朝鮮人ばかりを集めた朝鮮の学校で日本語の教育を強制した。そして後には、朝鮮人の姓を取り上げて日本姓にあらためさせるようにした。これは、僕ら日本人の差別心の特異な構造をあらわしているかもしれない。たとえばアメリカ人は、アフリカから連れてきた黒人に、ジムだのジョーだのと勝手な名前をつけて奴隷にしたが、家の中へ黒人を入れて、家事も黒人にまかせ、白人の赤ん坊は黒人の乳母の乳房を吸って成長したし、台所や給仕も全部黒人の仕事であった。だから、アメリカ南部の白人の味覚は、上流の家庭であればあるほど黒人化されてしまったといわれるくらいだ。僕らから見ると、こういうアメリカ南部の白人が、黒人と同じテーブルでは絶対に食事もせず、同じ便所もつかわせないほど、きびしく差別していたことは不思議である。しかしアメリカ人から見ると、われわれ日本人の朝鮮人に対する差別は、じつに奇妙で不合理なものに映ったにちがいない。
いや、日本人の朝鮮人差別は、不合理というより、無理な背のびというべきかもしれない。明治以来、わがくには、アジアのなかの”名誉白人”的な地位にのし上がり、朝鮮を植民地にしたうえ、アメリカやイギリスと中国の市場を争うにいたった。しかし、せいぜい手廻しの蓄音機ぐらいが家庭のなかの唯一の文化的器具であった僕らは、ほとんどの家にT型フォードや新型のシヴォレーなどの自動車が行きわたっていたアメリカなどと、まともに争って勝てるわけがない。他民族を征服し差別するのだって、日本人と朝鮮人の差違は、アメリカの白人と黒人の文化的落差とは、較べようもないほど小さなものに過ぎない。だから、差別の問題を道徳的に問いなおすことはさて措いて、僕らは能力からいって、アメリカ人やイギリス人のように、アジアで他民族を支配したり差別したりすることは不可能だったはずである。要するに、日本が”名誉白人”になれたのは、アジアで他の国よりも何年か先に近代化のスタートを切ったというだけのことだ。
(安岡章太郎「僕の昭和史」より)
2月20号(토요일) today:5h // 今月 中国語:11.5h / 韓国語:16h
汉语:5時間
・HSK3级,4级 過去問題テスト
・作文練習カードづくり合格点が180点だからギリギリ乗ってきたけど、まだけっこう厳しいなー。
ま、听力(リスニング)は伸びてきた。
僕が受験生だったころはリスニングはほとんどテストに出なかったし、当時英語の勉強の場合、リスニングなんてアメリカに行かないと伸びるわけないって思ってました。
でも最近の語学教材って全部CDが付いてるんですよ! 単語集もちゃんとCDが付いていて、単語だけではなく例文も読んでくれる。これすごくいい。
あと面白かったのは受験ハウツー系のYouTube見てたら、今は単語を覚えるときに書くなって教えてるんですよね。シャドーイングってCDの音声を追いかけて声に出して覚えろって教えてる。CD聴いて声に出して、音で覚えるっていうのは確かにいいなーって思いました。
とは言え、僕は古い人間だから、音だけでは嫌で、絶対に書きますけどね。特に韓国語は耳と目だけだと覚えきれなくて、スペルミスをよくするので書かないとダメだし、中国語の場合も、日本語と同じ漢字でも発音の音が違って、拼音や声調までチェックするとなるとやっぱり書かないと覚えられないかな。
2月19号(금요일) today:1.5h // 今月 中国語:6.5h / 韓国語:16h
汉语 オンラインレッスン:1.5時間
・听力 単語の聞き取りテスト
・书写 語順整序問題と簡単な作文のテスト这周累死了。
ラーメンたべたい。
不需要叉烧。
2月18号(목요일) today:2h // 今月 中国語:5h / 韓国語:16h
汉语:2時間
・HSK4級の単語帳 199-300を単語カードに書く。音声聴きながら。
韓国のアメリカンドッグには砂糖がまぶしてある。
2月17号(수요일) today:2h // 今月 中国語:3h / 韓国語:16h
한국어 オンラインレッスン:2時間
・テスト 21/30点
・テキスト:「できる韓国語初級Ⅱ」제16과アメリカンドッグを二年ぶりに食べた。
2月16号(화요일) today:0h // 今月 中国語:3h / 韓国語:14h
仕事で勉強できず。
サラリーマンの宿命である。
2月15号(월요일) today:3h // 今月 中国語:3h / 韓国語:14h
한국어:3時間
・単語:レッスンの小テスト勉強
固有語はほんまにおぼえられへんわ。
2月14号(일요일) today:6h // 今月 中国語:3h / 韓国語:11h
한국어:6時間
・作文:1時間 10行以上の文章を2つ(レッスンの宿題)
・単語:2.5時間 レッスンの小テスト勉強
・音読:2.5時間 テキストの文章を4つ(レッスンの宿題)音読でくたくたになった。先週宿題をできなかったので2週間分ためてしまったというのもあるが、ハングルは本当に読めない。なぜ読めないのか?
韓国語を教えているYouTuberが、韓国語を聞き取れない理由を4つあげていて、そのとおりだと思ったのでまず確認しておく。
1. 単語・文法を知らない
2. 単語の意味がすぐに出てこない
3. 正しい発音を知らない
4. 音の変化をしらないこれは聞き取れない理由であり、また読めない理由でもある。
いいポイントついてるなー、韓国語を勉強するポイントそのものだなー。とくに4番は韓国語特有の問題で、ルールを覚えられなくはないけど、なかなか瞬時に対応できない。例えば、フォークボールをストレートのタイミングで振ってしまって、「なんだよ、こいつフォーク投げんのかよ」ってベンチに引き上げるときのような感じかな。野球は少年野球でやめたから、フォークボール投げるピッチャーと対戦したことないけど。
なんの話や? それで、なんで日本人がハングルを読めないかなんだけど、この4つ以前の問題があって、例えば英語の場合は、日本語と明らかに違う言語と認識するから混乱はしないのだけど、韓国語は日本語に似てるんですよ。発音も日本語にある音がけっこうあって、脳みそが日本語の感覚で対応しようとしてしまう。
しかし、ここが落とし穴で、正しい韓国語の文章を声に出して読もうとすると、脳みそが日本語と思って「それ間違ってるよ」ってNGを出してしまう。
例えば、
ハングゲソヌン セヂプロ イサル ハンフエ チンチョクトゥルグァ チングトゥル チョデヘソ パティル ハムニダ。これを声に出して読もうとすると、「ゲソヌン」なんて音のならびは間違い! NG!、「トゥルグァ」なんて音ねーぞ! NG!って感じで、脳みそがNGを出してきて、声に出すのを引き止めにくる。
あとは日本語にあるけど日本語ではあまり使わない音、ヌン、ル、プ、パ、トゥ、グァ、チョ、などが多用されるので、口の筋肉がその音を出すのに慣れてなくて、舌を噛んでしまったり、うぅっとむせてしまったりする。
まだまだハングルを読むスピードは遅いのだけど、なんだか、早口言葉の練習をしているようで、すっごく疲れる。。。
2月13号(토요일) today:6h // 今月 中国語:3h / 韓国語:5h
한국어:4.5時間
・「TOPIK1 総合対策」の文法パート。フレーズを単語カードに書く。単語集の音声を聴きながら。
汉语 オンラインレッスン:1.5時間
・听力 単語の聞き取りテスト
・书写 語順整序問題と簡単な作文のテスト中国語のレッスンは昨年、初級のテキストを終えたあと自由作文のレッスンをやった(2020.7〜11)。先生に日記を書くことを勧められたけど、そもそもいわゆる日記は日本語でも書けない。会社勤めをしていると色々あるにはあるけど、それは書けないし、基本的に単調な毎日なので、富士日記みたいなことにはならないし、プライベートなことを書いて先生に添削してもらって、「あなたはメンヘラですか?」なんて言われるのも嫌なので、日記は語学の勉強にはあまり向いてない。
それで仕事で中国のスタッフとやり取りした内容を人に話してもいい範囲で中国語の文章にしたり、読んだ本の感想を中国語で書いてみたりしたが、ちょっとレベルを上げすぎたというか2時間のレッスンで添削してもらうだけの文章を毎週書くのが大変だったし、復習してもなかなか定着しなかった。
それでレッスンを一旦やめた。しかし週に1回くらいはネイティブの先生にみてもらいたいとまた思ったので、新しい先生を探して再開した。今度はレベルを上げすぎないように注意してもらっている。今はHSK(中国語版のTOEICみたいなテスト)の4級がとれるかどうかくらいのレベルなので、そのくらいのレベルの問題を作ってもらって、テスト形式でレッスンをやってもらっている。
2月12号(금요일) today:2h
ブログを再開。
とは言っても、今は空き時間に中国語と韓国語の勉強をしていて本を読んでいないので、書くことが何にも頭から出てこない。なので、語学の勉強の記録をつけるだけ。ではスタート!한국어:0.5時間
・ジムのランニングマシンで走りながら韓国語ドラマ「スタートアップ」を視聴。字幕をハングルで。会話はほとんどわからない。何が起こっているのか、雰囲気はなんとなくわかる。
汉语:1.5時間
・HSK4級の単語帳 103-198を単語カードに書く。音声聴きながら。
2020年7月日記Z
7月27号(월요일)
流浪地球
中国ドラマで面白いのを探しているのですが、なかなかハマるのがなくて、ついつい韓国ドラマを観てしまう今日この頃。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
中国語の勉強をはじめて1年が過ぎたので、そろそろある程度聞き取れるようになるかなと期待したのですが全然ダメです。そりゃ〜当たり前で知らない単語ばかり出てくるのでわかるわけがない。知らないことがすらすらとわかるようになったら、それは天才というか、人間を超えたネ申だろ。
という訳で、雨にも負けず、風にも負けず、単語をひたすら頭に入れる毎日です。辛い。とても辛い。野球中継を観るときも消音にして、単語を覚えながら観ています。おかげさまでというかなんというか、単語を覚える苦痛を味わいながら野球を観ているとピッチャーの苦しみが肌で感じるようにわかります。カウントが悪くなっても負けず、塁にランナーを溜めても負けず、そういうピッチャーに、わたしは、生まれ変わっても絶対になりたくありません。はい。
そんな感じなので、話題のSF小説、刘慈欣『三体』を気合を入れて中国語版を買ったのに全然読めていません。
そのかわりと言ったらなんですが、友達に「刘慈欣原作の映画をNetflixで観られるよ」と教えてもらったので早速観ました!
流浪地球
ストーリー自体は紋切り型で全然面白くないですが、中国のあのパワーがどこへ向かうのかを知る上では非常に興味深い作品でした。感じられた特徴をいくつか挙げてみます。
(1)先行研究
中国のオリジナリティーを感じられる作品ではありませんが、先行研究をしっかりしていることはわかりました。かなりの数の先行作品を当たっているのでしょう。とりあえず大御所は全て抑えたという感じです。
2001 A Space Odyssey - Just The HAL 9000
Blade Runner - Opening Scene (HDR - 4K - 5.1)
Star Wars: The Rise of Skywalker | Final Trailer
(2)メガスケール
日本人の僕から観て端的に感じられたのが彼らのスケール感覚です。アメリカ人のスケール感覚に非常に近いです。
『流浪地球』の物語の設定は、太陽が大きくなってきていて、このままでは地球が飲み込まれてしまうので地球にエンジンをたくさんつけて、地球を移動させて人類を存続させようというプロジェクトです。そのために地球連合政府が樹立されて、そのメンバーに中国人も入っているというか、中国が引っ張っていくというニュアンスです。
地球を危機から救うという大規模な作品を日本人も書こうと思えば書けますが、書こうと思いません。なんというかスケール感がフィットしない。「いやいやガンダムがそうじゃん!」ってツッコミが入りそうですが、あれも日本が中心の物語という認識はありません。ちなみにアムロって日本人なのか?安室なのか?沖縄出身か?
ちょっと話がそれましたが、やっぱりこういうスケールの物語を書くのは、今まではアメリカ人の独壇場だったよなーって思います。そこに中国人が加わってきたという感じです。
(3)アメリカに対するライバル心
これは明らかというか、SF映画といえばアメリカの独壇場だから仕方ありませんが、アメリカのSF映画を研究し尽くしたという感じですし、中国人の価値観は、アメリカ人の価値観にすごく近いと感じられます。
親子の絆、そして地球を救う英雄。
Interstellar - Trailer - Official Warner Bros. UK
Aerosmith - I Don't Wanna Miss a Thing - Armageddon - Original Soundtrack
(4)中国人のインターナショナリズム
そもそもストーリー自体が地球を救う、人類を救うというものですから、インターナショナルにならざるをえないのですが、その際にどういった国の人が出てくるかというのは、中国人がどの国の人を意識しながら世界を観ているのかが透けて見えて面白いです。
まず日本人は出てきません。世界規模でものを見るときに日本人は除外という感じでしょうか。ま、中国人・日本人・韓国人は見た目が同じですから、映画のなかでの使い分けが難しいということもあるでしょう。
次に、アメリカ人、フランス人、イギリス人などもほとんど出てきません。正確に言えば、出てきてはいますが、ほとんど触れられません。観ていて「あの人はアメリカ人なのかなー?」というくらいです。これは意識的に外しているという一面もあると思います。
では、中国人以外に誰が出てくるかというと、まずロシア人。主人公の父親である中国人の科学者と一番仲が良い連合政府のメンバーがロシア人です。あと一般大衆的な描写で出てくるのがインド人や東南アジアの人々です。彼らが観ている世界地図が伺えます。
(5)中国人のパワー
これはやはりすごい! 中国人は仕事を一緒にやっていても感じますが、やるまでは遅いですけど、やると決めたらめちゃくちゃ速いし、お金をどんどん突っ込んできます。この作品もCGはすごいし、お金をけっこうかけています。
制作費55億円!?
日本でこんな制作費をかけて映画をつくることは後にも先にもないでしょうし、今それをやるとしたら中国とアメリカくらいですね。いや、アメリカはもうやらないかもしれませんね。
『流浪地球』はまだまだ発展途上の作品ですが、今後どのように発展していくでしょうか?
『2001年 宇宙の旅』や『インターステラー』は単にお金をかけたという映画ではなく、また単なる英雄物語でも、単なるエンターテインメントでもなく、SF作品として、哲学として面白い作品でした。
さて、中国人作家が、彼ら独自の哲学に踏み込んだ作品を今後創ってくるでしょうか?
そんな日がくることを楽しみに待ちたいです。
そして、その日までに中国語をなんとか物にしたい....です。。。
2020年6月日記Z
6月27号(토요일)
《韓国ドラマ》マイベスト3
中国語と韓国語をバランスよく勉強しようと思っているのだけど、最近は韓国語ばっかり勉強している。というか韓国語のドラマばっかり観ている。これを勉強と言えるかどうか微妙だけど...
いや〜、韓国のドラマって、やっぱり面白いんですよ。これって視聴率取れてなんぼの世界だからエンターテイメントのど真ん中で、日本で言えば、漫画の作り方に近いかな? とにかく次が読みたくなる! 観たくなる!
しかも韓国のドラマ制作局? JTBCやSBSはただ単に視聴率稼ぎというわけではなく、質の高いドラマもけっこうある。おそらく日本のフジテレビや日テレなんかをベンチマークして、ドラマを制作するノウハウを高めていったと思うけど、これだけの質と量の作品をコンスタントに発信していけるというのは相当な力だと思う。
韓国は芸能を単なる娯楽と位置付けるのではなく、産業の一分野と明確に位置付けているように思う。例えばアイドルだって、ちょっとかわいいからすぐにデビューするというわけではなく、学校で歌とダンスのスキルをちゃんと学んで、卒業試験というか、オーディションを受けてパスした人だけがデビューできる。
確かに教育を強化するとどうしても表現が画一化されて独創性がなくなるというマイナス面もあって、日本でいえば五反田団のような、ああいう劇団が出てこなくなっちゃうんだけど、韓国はそっちはそっちで王道を踏み外すような劇団があったり、芸術性の高い作品は作品でちゃんと作られていそうな気がする(この辺まだリサーチできていないから推測)。
さてさて、まだまだ観ている本数は少ないけれど、すでにいい作品にたくさん出会ったので紹介したいと思う。
韓国のドラマといえば「冬のソナタ」。恋愛ドラマが人気で、やはりそれは今でも変わらないようだ。たとえば最近流行っている「愛の不時着」やちょっと前の作品だけど「屋根部屋のプリンス」のような、なんて言うのかな、日本で言えば、「テルマエ・ロマエ」かな? 出オチ漫画というか奇想天外な設定で勝負するという作品。
「愛の不時着」は韓国のセレブが事故で誤って38度線を越えて北朝鮮に紛れ込んでしまう...というものだし、「屋根部屋のプリンス」は300年前の朝鮮時代の王子様が現代にタイムスリップしてくるという... 典型的な出オチだけど、最後までスリリングで面白い。ま、主人公よりも振られてしまう女性のほうが魅力的だろとか、付き人みたいなヤロウたちにおどけ役だけじゃなくて、もっとしっかり仕事させろよとか、ツッコミどころはあるのだけど、総じてよくできている。
このあたりは他にもまだまだたくさん面白い作品がありそう。
で、それはそれでいいのだけど、恋愛ドラマとは別にシリアスというか、現代韓国の社会問題を扱った作品もけっこうあって、それが面白い。
韓国は今、いろいろと問題を抱えていて大変なようで、アカデミー賞をとった「パラサイト 半地下の家族」もそうだったけど、韓国社会が切羽詰まっているからこそ作品が良くなる、面白くなるという一面が、不謹慎な言い方だけど、確かにある。ドラマも同じく。
それではマイベスト3を紹介しよう!
⚪︎SKY캐슬(スカイキャッスル)
まず、これ。
もう、これ強烈だよねー
韓国のお受験戦争ドラマというか、受験狂騒曲。
親も子供も社会全体の仕組みが狂ってる!
日本でも受験は大変だけど、韓国はその比じゃないというか、経済が悪いからとにかくいい大学に行かないと就職できない。だから熾烈な受験競争をする。でも、その競争がエスカレートしてしまっていて、人間性は失うわ、倫理観も失うわで、もう大変。
かと言ってねー、いい大学に入って、いい企業に就職したらそれで幸せなのかといったら、そうとも言えない。いつクビになるかわからないし、ちょっといい給料もらって、カンナム(江南)の高級マンションに住んだからといってもねー。別に大して幸せでもなんでもねーよな。
みんな薄々それに気づいているのだけど...
「SKYキャッスル」は受験を巡る人間の醜態を余すことなく描ききっているよね。。。
高校生が出てくる学園モノとしては、「ソロモンの偽証(솔로몬의 위증)」のほうがよくできていると感じた。「ソロモンの偽証」は子供とは何かという問題をつきつめているところがある。楳図かずおさんの「漂流教室」じゃないけど、子供ってなにかとんでもないことをやってのけることがあって、それがいったい何なのかというテーマに触れられている。
対して「SKYキャッスル」はというと、そのようなテーマはない。韓国の現代社会を劇画タッチでただただ描いたという感じ。実際、韓国の人が観たら「ソロモンの偽証」にリアリティーを感じないのだと思う。「受験を控えた高校生がそんなことするわけねーだろ」という感じで。それよりも「SKYキャッスル」にリアリティーを感じるってことだろうな。それだけ世の中の状況が悪く、人々の気持ちに余裕がないってことだな。
⚪︎미생(未生)
これは前回(6/12)の日記で紹介した名作。
だから今回はあまり触れないけど、韓国では就職難が社会問題になっていて、多くの若者が苦労しているし、生きる気力を失っている。競争は必要だけど、過度になると人間は疲弊して、ダメになっちゃうよね。日本とすごく似ていて、一歩間違えればこうなっちゃうから、そろそろ気づかないといけないよね。
会社は株主のものなのか?
短期成果報酬制は企業を持続的に成長させるのか?
これらのビジネスセオリーを植えつけたアメリカはうまくいってるのか? アメリカではイノベーションが盛んに起こっているのか?
本当に???
⚪︎비밀의 숲(秘密の森)
これを「미생(未生)」の後に観たからショックだった。
「미생(未生)」が新入社員の苦悩を描いたのなら、「秘密の森」はキャリアの苦悩を描いた作品。
偉くなるためには悪いこともしなければならない、というか悪いことをしなければ偉くなれない。そんな社会になっていってしまっている。検察長官の表情が全てを語っている。
う〜ん、重い。
とはいえ、楽しみどころもたくさんあって、何はともあれペ・ドゥナ(배두나)がよい。
「愛の不時着」の主人公や「君の声が聞こえる」の主人公のように「私きれいでしょ!」オーラが強すぎる女性は正直苦手だけど、ペ・ドゥナはナチュラルでよい。ま、これは個人の趣味だけど。。。
あと、男の方の主人公のチョ・スンウ(조승우)。彼はドラマのなかではいっさい笑わないのだけど、調べたらミュージカルにも出ている俳優らしい。
えっ!マジ!?
演技の幅が広いよね。。。
それから、検察長官の奥さん役の女優さん。この人、SKYキャッスルにも出てた。
ユン・セア(윤세아)という女優さんらしく、なんかすごくいい演技する。
大好き!
そして、「SKYキャッスル」でも、ユン・セアの演技とその夫婦は最高!
もうねー、この旦那役のキム・ビョンチョル(김병철)が毎回絶叫するんですよ。
近所迷惑なんだよー!!!
夜中におちおち見てらんねーよ。。。
最高です!!
6月12号(금요일)
미생(未生)
韓国ドラマにハマって今度は미생(未生)をずっと観てました。
[미생 OST Part 3] 이승열 - 날아 (Fly) MV
囲碁のプロ棋士をめざし、小さい頃から将来を嘱望されていた青年が、プロになる手前で伸び悩み、家庭の事情もありプロ棋士になることを断念した。その後、アルバイトなどをしていたが、大手総合商社で働くチャンスを得て、仕事に喜びを感じ、商社マンとして飯を食べていけるように奮闘する物語。
非常に良質な作品でした!
ドラマの舞台となっているのは韓国の五大商社の一つとされているが、新卒社員の採用が非常に少ない。インターンで十数名をまず採用して半年くらいの期間を経たあと、さらに選抜して最終的に採用されたのは4名のみ。そのうち3名が正社員契約。彼らのスペックは高く、優秀な大学を出ており、よく韓国の大手企業はTOEIC満点じゃないと入れないと言われているとおり、英語はもちろん、ドイツ語、ロシア語、中国語、日本語と3,4ヶ国語を話せるのが当たり前という感じ。
しかし、そんな彼彼女らであっても先輩社員からものすごい仕打ちを受ける。なかでも主人公の彼は、ずっと囲碁の世界にいたので、学歴といえば高卒認定試験が最終学歴、しかも外国語を話せない。だから選抜に勝ち残ったけれども、正社員契約は得られず契約社員として入社する。そこからのスタートだから、かなりのハンディーキャップがあるのだけれど、なんとか自ら持ち得た能力を活かして必死に働こうとする。
혼자 하는 일이 아니다.
一人でする仕事ではない。
主人公の장 그래(チャン・グレ)は囲碁の世界でずっと一人で戦ってきたので、商社に入ってチームで仕事をすることに喜びを感じているんですよね。
このシーンはすごくジーンときました。
実際に韓国国内でこのドラマの反響はすごかったらしく、このドラマの影響で契約社員の雇用に関する法律が修正されたらしい。それをこの主人公の名前をとってチャングレ法というんだって。
すごい!
ドラマを観ていてすごく不思議な感覚になったのだけど、社内の風景も日本と同じだし、仕事のチーム編成も同じで、課長がいて、中堅社員がいて、その下に新入社員がつく。韓国は儒教だから上下関係が日本より厳しいけど、ま、こんなもんよ。顔も日本人と同じだし、抱えている悩みも一緒だし、ビルも街もなにもかも日本の風景と一緒。強いていえば、おかしいと感じたのは、商社なのに外国人スタッフがいないということくらいかな。
それくらい日本の会社と同じに見えたし、日本で言えば2000年前後の就職氷河期の頃の状況にすごく似てる。まぁ、僕も就職氷河期で苦労したよ。ただ、僕は大きな会社に勤めたことはないけれど、大手に入った友達の話では、入社後は絶対数が少ないから重宝されて、このドラマで描かれているほどイジメられたりはしなかったようだ。
ではなぜ、韓国では就職が厳しく、しかも入社してからも、新入社員に対して風当たりが強いのか?
韓国人が、自分たちの社会が「おかしい」と気づいたのは、1997年の年末に韓国を襲った「IMF危機」がきっかけだった。「IMF危機」とは、財政破綻の危機に直面した韓国政府が、IMFから資金援助を受けるため合意文書を締結し、国家財政の「主権」をIMFに譲り渡したものだ。(中略)
金大中政権は発足当時、「民主主義と市場経済の並行発展」を国政のモットーとする「DJノミクス」を提唱した。経済危機を招いた根本的な原因を、これまで30年余りにわたって続けられてきた政経癒着と不正腐敗、モラルハザードによるものと見なし、その改善のため、自由放任ではなく政府が積極的な役割を果たすとする経済政策だ。つまり、公正な競争が行われるように市場のルールを決めて、市場を監視し、個人の努力や能力によって正当な報酬がもらえるシステムを作るというのが政策の核心だった。しかし、実質的に金大中政権が実行したのは、資本市場の開放、国家規制の緩和、公企業の民営化、そして労働市場の柔軟化およびリストラ強行など、新自由主義的な政策ばかりだった。
(中略)
大規模なリストラで失業者は400万人を超え、サムスンや現代(ヒョンデ)、LGのような屈指の財閥企業ですら、「新卒で入社すれば定年まで安泰」という終身雇用の不文律が破られた。また、派遣やパートタイマーなど非正規労働者の採用が法律で許可され、「88(パルパル)世代」(ソウル五輪が行われた88年と月収88万ウォン=約8万円を掛けている)という自虐的な言葉が流行語になった。
現在、韓国の就業者の20%以上、大手企業の労働者の約4割が非正規職であり、深刻な労働問題となっている。金大中政権の急激な新自由主義的経済改革により、韓国はIMF危機という「急病」は治療できたが、「重い後遺症と慢性疾患」を抱えることになった。それが、社会の二極化と、社会階層の定着化である。
金敬哲『韓国 行き過ぎた資本主義』講談社現代新書pp.9-12. 抜粋して引用
韓国では日本の就職氷河期のような状況がいまでもずっと続いている。
これはなぜかと言えば、アメリカのせい。
アメリカのせいというよりアメリカの計略に嵌ったということ。日本は外国に借金をしていなかったからまだ助かったけど、韓国は財政が行き詰まったから完全に乗っ取られたよね。
このことに関する事例をあげると、
HUAWEIはアメリカに叩かれるのに、SAMSUNGはなぜアメリカに叩かれないのか?
答えは簡単。
SAMSUNGの株式の半分以上は外国人、つまるところ大半をアメリカが保有しているから。
通貨・金融危機で注目を集めたのは、IMFという国際機関の果たす役割であり、それが主導する構造調整プログラムと市場開放政策であった。筆者は、以前から構造調整プログラムのもつ弊害について関心を寄せており、それが韓国に適用されることの是非について懸念をもっていた。また、市場開放政策についても、はたしてそれが韓国経済そのものを救済する処置なのかどうか、疑問をもっていた。確かに、韓国経済自身が抱える構造的問題(財閥への経済力の集中、韓国政府による過度な産業・企業保護政策等)は早急に解決しなければならない。しかし、これまではこうした韓国的特徴が高度経済成長を支える要因として高く評価されてきたのであり、通貨・金融危機が発生するや、それが危機の原因であるかのように指摘するのは、IMFや世界銀行を含めたエコノミスト自身の過去の言動を否定することになりはしないか。一方、市場開放を主張する根拠は、韓国の経済システムが国内産業を保護・育成するあまり、国際基準にそぐわないものであるがゆえに、国際化の波が浸透してくると問題を発生させるというものである。したがって、市場開放をすることにより、韓国の経済システムを国際基準に沿ったものに変えれば、こうした問題は生じないという主張である。
この構造調整プログラムと市場開放という政策は、一見すると正しくそれに向けた改革が通貨・金融危機に陥った国を救済する唯一の道であるかのように錯覚してしまう。
しかし、市場開放によって得をするのは誰か。それは、今までその市場に進出できなかった外国資本である。それ以前は、韓国政府の規制により進出することができなかった外資が、IMFの救済融資を受ける代わりに構造調整と市場開放を受け入れることによって、堰を切ったかのように韓国市場に進出していることからも明らかである。したがって、構造調整プログラムも市場開放政策も決して韓国経済のためにはならない政策である。
(中略)
要するにアメリカにしてみれば、ポスト冷戦の新たなライバルがアジア諸国と映ったわけである。そのライバルが十分な力を有しない前にアメリカ主導の世界経済秩序を再構築する。これが二一世紀も引き続きヘゲモン(覇権国)たろうとするアメリカにとっても死活的課題だったのである。そのためには、アジア各国の経済構造をアメリカの経済構造の枠組みにビルト・インさせる必要があった。そのために国際的投機性短期資本を利用し、各国の通貨・金融システムを混乱させ、ひいては経済構造そのものをグローバル・スタンダードという名のアメリカ基準に変える必要があったのである。
(郭 洋春『韓国経済の実相』つげ書房新社 1999年 pp.4-6.抜粋して引用)
アメリカがアジア諸国をライバルと見たわけではなく、重商主義的観点に立って、どこから富を奪えばよいかを考えたときに標的になったのがアジア諸国だったということ。特に日本・韓国・中国の東アジア諸国は富を生み出す力が強い。だからアメリカは、中国は別にして、日本と韓国から合法的にうまく富を奪うにはどうすればよいか? それを熟考して作った金融経済システムが、俗にいうグローバル・スタンダードというアメリカ基準だったということ。
それにつけても、郭洋春さんという方をよく知らないけれども、この本を1999年、IMF危機(1997年)の2年後に書いたというのはすごい洞察力だと思う。未だにこのカラクリも見えていないのに、狭い視野で安倍政権批判とかしている人もいますからね....
韓国にしろ、日本にしろ、政府がなにかおかしなことをやっている時というのは、大概アメリカから圧力がかかっている。それを考慮すれば、日本において小泉政権は完全に抱き込まれていたけれども、それ以後、安倍政権も含めてよく立て直したと僕は思いますよ。少なくとも韓国の惨憺たる現状と比べれば。
ただ、これからが難しいですよね。だって今、アメリカがひどいもん。1980年代のアメリカもそうだし、ひどい時のアメリカは何をするかわからないですからね。しかも冷戦後のアメリカ一強時代と違って、いまは中国の存在もありますしね。日本国内も含めた世界情勢を読むのがものすごく難しいですよ。
しかも日本は軍縮路線で行くわけですから。
とぼけた左派の政治学者は、軍縮・反米と言うけれども、それでどうやってアメリカと駆け引きするんだよ。そんなことができるなら、誰でもやってるよ。それが通るんだったら小学生に外交官をやらせたらいいよ。
さてさて。
こういう次元の話になると、僕個人がどうこうできる話ではないし、セカイ系の思想や行動に走ると自分自身のスケール感覚を失って破滅に陥るので、僕はじぶんのできることをコツコツとやろう。
길이란, 걷는 것이 아니라 걸으면서 나아가기 위한 것이다.
道というのは、歩くのではなく前へ進むためにある。
나아가지 못하는 길은, 길이 아니다.
進んでいけない道は、道ではない。
길은 모두에게 열려있지만, 모두가 그 길을 가질 수 있는 것은 아니다.
道は皆に開かれているが、皆がその道を持てるわけではない。
다시, 길이다. 그리고, 혼자가 아니다.
再び、道だ。そして、一人ではない。
6月6号(토요일)
KKコンビ(清原選手編)
片岡篤史チャンネルで清原を久しぶりに見た。
なんか表情も柔らかくなってすごくいい感じや。
しかもベストナインを選手目線で選ぶ話が
めっちゃオモロイ!
【清原和博が選ぶベストナイン】昔を振り返りながらベストナインを決めていきました!ベスト監督と清原賞もあります!!あけましておめでとうございます!
《キャッチャー編》
古田捕手か谷繁捕手か? どちらも頭脳派。ちゃんとリードができるキャッチャーというのはプロでも数えるほどしかいないけど、このふたりはねー、誰もが認める名キャッチャー。でも、タイプが違うんやね。
古田捕手 → バッターの足元をよく見ている。谷繁捕手 → バッターの顔をよく見ている。
なるほど!
《スイング編》
清原選手は自分自身もそうだけど、誰よりもたくさんの一流選手と一緒にプレーして対戦している。つまり誰よりもたくさんの一流プレイヤーを実際に観ている。だから清原選手が語る一流プレイヤーに関する話はとても興味深い。
空振りしてブンッと音が聞こえたのは秋山さんと松井だけ
いや〜、ええ話やわ。秋山選手と松井選手のスイングをネクストサークルで観てたのは清原選手だけやからね。
黄金時代の西武のクリーンナップはエグかった。3番秋山、4番清原、5番デストラーデ、この並びは最強やね。それで、清原選手やデストラーデ選手のスイングは見るからにパワーを感じるからわかるねんけど、秋山選手のスイングってコンパクトでボールにコツン!と軽く当たってる感じがするねんけど、なんであんなに飛ぶねん!? バットになんか入ってるんちゃうか?ってついつい疑ってしまう。けど、スイングスピードがすこぶる速かったんやねー。
ちょっと話がそれるけど、プロのスイングっていうのを僕も実感したことがある。僕はいつも外野席で観てるのだけど、2005年だったかな? 交流戦を初めてやるっていうので千葉マリンに行って、どうせなら内野のええ席で観てやろうってベンチのすぐ上くらいから観たんよ。
いつも外野から観るときはバックスクリーンの真横あたりで高さがなるべくグランドレベルのところから観るねんけど、ピッチャーの球威、球筋はちゃんとわかる。打たれるか打たれないかも分かる。でも、バッターのスイングは正直わからない。
それでこのとき初めて、プロのスイングというのを体感した。
すごい!
と思ったのは金本選手と濱中選手のスイング。
【うねり打法】濱中おさむ第4号同点3点本塁打(阪神)2003.4.8.Tue.
この二人のスイングは絶対にアマチュアにはいない。当時鳥谷選手がルーキーでいたけど、スイングのレベルが大人と子どもくらい違った。
《チームリーダー編》
話は西武に戻るけど、清原選手が選ぶベストナインのサードはやっぱり石毛選手。
決して暗い顔をしなかった
石毛選手はよく巨人・原辰徳選手と比較されていたけど、原選手だけではなく、同じ駒沢大学出身の中畑選手の明るさをも兼ね備えたリーダーだった。
《監督編》
もともと選ぶ予定のなかった監督を清原選手みずからのリクエストで選んだ。しかも選んだのが森祇晶監督だったのはプロ野球ファンの僕としても嬉しかった。
森監督といえば、気配りの人
森監督で有名なのは清原選手を4番から外さなかったこと。清原選手自身は打てない時に自分から外してくれと言いに行ってたみたいだけど、森監督は清原選手を4番から絶対に外さなかった。なぜかというと清原選手はプライドが高い選手だということを見抜いていたから。また人間の持っている風格みたいなものを感じ取ってもいたのでしょう。実力的には秋山選手を4番に据えてもいいけど、やはり4番は絶対に清原選手だった。
清原選手も森監督の心意気をちゃんとわかってたんやなー
森監督で残念なのは、横浜ベイスターズの監督でうまくいかなかったこと。これは当時ベイスターズのムードメーカーだった波留選手をトレードに出したことで、チームの不調和を生んだことが要因の一つと言われている。
しかし、これは明らかに誤解だった。森監督がなぜ波留選手をトレードに出したのか? その理由は一言でいえば「気配り」からだった。
森監督がベイスターズの監督に就任した前年、金城選手がレギュラーを取れるレベルまで急成長を遂げた。
金城選手は、高校時代はピッチャーでPL松井稼頭央投手に投げ勝っている。ピッチャーをやっていたから肩は強いし、身体能力が松井稼頭央選手に劣らぬくらい高い。守備練習を観てても太ももの弾力とかヤバい。それくらいの逸材。
対して波留選手はガッツがあって、当時のベイスターズを象徴する選手ではあったけれども、致命的だったのは肩が弱かったこと。それで森監督は金城選手をレギュラーとして使うことを決めた。ただ波留選手もまだまだレギュラーでやっていくだけの力がある選手なのでベンチに温存するのは彼にとってもよくない。それで他球団のチーム事情も考慮して、レギュラーとして出場できそうな中日にトレードに出した。
これをチームメイトから、冷血采配と誤解され、その後、森監督の構想通りのチーム作りができなかったことが悔やまれる。
さてさて。
野球の話をはじめると止まらなくなる。
プロ野球!はやく始まってくれ!!
6月3号(수요일)
KKコンビ(桑田投手編)
プロ野球がまだ始まらないので、阪神ファンの同僚に勧められた片岡篤史チャンネルをずっと観てる。めっちゃオモロイ!
PL時代の話とか最高!
当時は阪神よりもPLのほうが強かったから、「何ファン?」って聞かれたら、僕も「PL」と答えていた。
阪神の試合なんていっこも覚えてないけど、PLの試合はすごく覚えている。一昨年、秋田の金足農業が大躍進したときも、「あっ、PLと戦ったチームだ」って、あの紫色のユニフォームをちゃんと覚えていた。
KKコンビ(桑田清原)の試合は特によく覚えていて、彼らが一年生で初めて出てきたときも、準決勝の池田高校戦はもちろん、その前の高知商との試合も覚えているし、東海大一のピッチャーが勝利インタビューで「次はどちらとやりたいですか?」と聞かれて「やっぱりPLです」と答えたのも覚えている。
ただ、このインタビューで桑田投手が答えている所沢商業戦というのはまったく記憶にない。それで何がすごいって、「このとき初めてカーブを投げた、投げられるようになった」と言ってるとこ。「おいおいうそだろ? 全国大会の1回戦だぞ。大阪府予選はどうしてたんだよ?」
どうやら予選ではストレートしか投げてなかったらしい...
PL学園復活についてとPL学園からスカウトが来た時の心境など、昔の話をたくさん聞いてみたよ〜♫
背中を流すのが練習!?巨人の三本柱!桑田真澄がカーブを投げれるようになるまでのエピーソドを聞いたよ〜♪
なんかねー、もうねー、ほとんどマンガの世界だよ 汗。。。
あの時のPLってものすごく完成されたイメージがあったのだけど、「甲子園に来て初めてカーブを投げられるようになったんだよ」とかめちゃくめちゃだよね。
それにPLの選手といえば、立浪選手も宮本選手も松井稼頭央選手も福留選手も、みんなみんなものすごくセンスがある。桑田投手も、当時のショート朝山選手がエラーしたところを見たことがないと答えているけど、あの時の二遊間、セカンドは松本選手だったかな? エラーしているところなんて見たことないし、守備は確実に阪神よりうまかった。それくらいPLの選手は完成されているというイメージがあるのだけど....
桑田投手の話を聞くとPLって、
マンガの「巨人の星」か映画の「ベストキッド」みたいな世界だよ...
Karate Kid - Daniel's Training "WAX ON WAX OFF"
桑田投手といえば、高校時代はストレートとカーブしか投げなかったというのが有名だけど、こういう球種の少ないピッチャーというのは、江川投手と桑田投手くらいで今はほとんどいない。最近でいえば、日大三高の吉永投手くらいかな。彼もストレートとシンカーしか投げなかった。
彼は投球スタイルが桑田投手と似ていて、期待しているのだけど大学時代に伸び悩んだ。プロまでくるかな?
がんばれ、吉永投手!
2020年5月日記Z
5月31号(일요일)
ブックカバーチャレンジ (最終日)
35.2度。異常なし。
혼자 하는 일이 아니다.
(7日目) 仲島正教 "教師力を磨く -若手教師が伸びる「10」のすすめ"
僕の小学校1年生のときの担任の先生の本で、たしか本屋で働いていたときに「あれ、この名前どこかで聞いたことがあるなー」って、本を手に取って表紙を見たら「あぁ、仲島先生だ!」と一瞬で思い出した。
そして当時住んでいた相模原に先生が講演に来るというので聞きに行って二十数年ぶりに再会した。ちゃんと僕のことを覚えていてくださった。
大学の恩師の場合は、今も昔も変わらずということが多いけど、小学校1年生の担任の先生と久しぶりに会うというのは本当に不思議な体験だった。
当時も元気ハツラツな先生で、みんなの人気者だったけど、教師論をしっかり語って1冊の本を書き上げるほど、確固とした教育観を持った立派な先生だったとは、さすがに1年生の僕は気がつかなかった。
ただ、この本に当時のエピソードが書かれていて、クラスメイトに今でいう高機能自閉症もしくはアスペルガー症候群の子がいて、僕も今でも覚えているけど、当時はそんな症例名もなかったし、僕らもどう接していいかわからなかったし、先生も大変だったろうなーって察するのだけど、その時のことが書かれていて、「あぁ、先生そういう想いだったんだ」と知ってジーンときた。
5月30号(토요일)
ブックカバーチャレンジ (6日目)
36.1度。異常なし。
장그래씨는 열심히 일해요.
(6日目) 藤原ちから+辻本力編 "〈建築〉としてのブックガイド"
昨日紹介した本のコメント欄に、書店員時代の知人が藤原ちからさんの名前をあげていて、「あぁ、そうそう、ちからさんも不思議な人だった」と思いだした。
書店で働いているときは何しているのかよくわからない不思議な人が周りにたくさんいた。
本書はブックガイドを建築に見立てて作られたブックガイドで、僕もそのうちの一部屋を作らせてもらった。
藤原ちからさんとフリー編集者の辻本力さん、この人もかわった経歴の人で、もともと水戸芸術館の機関誌を編集していて、この機関誌がけっこう面白いぞって話題になった。その後フリーになって編集をやっている(最近会ってないので詳しくは知らない)。
あとメディア史研究者の大澤聡さん、政治学者の白井聡さん、哲学思想史家の浜野喬士さん、絵本作家の大橋慶子さん、グラフィックデザイナーの加藤賢策さんらと作った本だ。
ミーティングや座談会にも誘ってもらって、みんな小説家だったり、デザイナーだったり、絵描きだったり、学者だったり、書店員だったり、劇作家だったり、何かしらのスペシャリストなのだけど、幅広いことに対応できるジェネラリストで、「ああ、本ってこうやって編まれていくんだー」って実感できて、すごく楽しかった記憶がある。
建築をやってたときは建築家の先生の元で働いていたから僕の名前を残せなかった。だから本書は、僕の名前を残せた唯一の実作〈建築〉でもある。
5月29号(금요일)
ブックカバーチャレンジ (5日目)
35.9度。異常なし。
저는 미생을 보고 있어요.
(5日目) 佐々木敦 "小説家の饒舌"
書店員をやってたころ、もっともお世話になったのは佐々木敦さんだ。
書店員というのは不思議な職業で、世の中の仕事のなかでもっとも給料の安い職業かもしれないけれど、大企業に勤めていい給料をもらっている人たちなんかよりずっと優秀な人がたくさんいる。
本を売るということは、すなわち本を読むということで、書店員には本を読める人が数多くいる。本を読めるというのは、テストができるとか、受験勉強ができるというのとは全く違う。転職して、企業に勤めるようになって、「あぁこの人、本読んでるな、本読めるな」と思える人にはまだ一人も出会っていない。
それで、書店員時代に「あぁこの人、本読めるな」と思わされたのが、当時同僚だった松岡千恵さんという書店員で、彼女はすごかった。
この本の後書きで、佐々木さんも書いているけど、どこからそんな情報を仕入れてくるのかわからないのだけど、いつもいろんな企画を練っていて、ほとんど超常現象といえるような棚をつくっていた。
最近では、岩浪れんじさんの"コーポ・ア・コーポ"という漫画を推す棚をつくっていた。この感性やっぱすごいわ。
あ、それで佐々木敦さんを知ったのも松岡さんに教えてもらったからで、なんというか、類は友を呼ぶというのか、佐々木さんもすごい人で、いまだに何者かよくわからない。
音楽や映画や演劇に詳しい人で、本を書いている人で、音楽レーベルをやっていて、イベントプロモーターで、政治批判して、雑誌編集して、ファストフード食べて、批評学校して、あ、あと文学フリマのあとで僕らと飲んだりしていた。
前説がついつい長くなってしまいましたが、そんな佐々木敦さんと松岡千恵さんと企画した小説家の連続トークセッションが本書です。
5月28号(목요일)
ブックカバーチャレンジ (4日目)
36.3度。異常なし。
(4日目) 難波和彦 "建築の四層構造"
建築から離れて久しいけれど、いまだに尊敬している建築家といえば難波和彦先生だ。
http://www.kai-workshop.com/diary/diary.cgi
僕が難波先生に教わったのはもう二十年くらい前だけど、その頃の先生のルーティンと今もまったく変わっておられない。
クライアントと話し合って、スケッチをおこして、所員や工務店とやり取りをしながら、時には現場に出向き、建築を実現してゆく。エンジニア志向の強い建築家なので設備や構造的な技術の改善も欠かさない。
今はもう退官されて、大学では教えておられないようだが、執筆や研究会など学術的な活動はずっとなさっている。そして、今も昔も毎日ずっと本を読んでいらっしゃる。
哲学者のカントを絵に描いたようなお方だ。
私も先生のルーティンを真似しようと何度もチャレンジしているがいっこうに身につかない。仕事がドタバタになって本をパタっと読まなくなってしまったり、移り気が多く、いろんなことに手を出してしまって振り回されたり。先生のようにコンスタントに毎日同じことをコツコツとこなすことがいつになってもできない。家早何友である。
5月27号(수요일)
ブックカバーチャレンジ (3日目)
36.6度。異常なし。
ペットボトルを忘れずに捨てた。很好。
今はふつうに本を読むようになったけど、もともと本をまったく読めなかった僕が本を読むようになったのは岡崎乾二郎さんの影響だ。
大学のとき、僕は建築の学生だったけど、美術を勉強したくて出会ったのが岡崎さんだった。どこかのカフェで原広司(建築家)の様相論のダメ出しをしていて、何を言ってるのかさっぱりわからなかったけど、「このおっさんオモロそうや」と思ってレクチャーやワークショップに毎回通った。
その時の岡崎さんの話がことごとく面白かったので、教えてもらったいろんな作品やいろんな本を美術館や古本屋を渡りあるいて探しまわった。
岡崎さんと言えば "経験の条件" だが、旧知の仲の松浦寿夫さんとの漫談、いや対談形式のレクチャーが一番好きだ。本書はその記録。旧版には僕の質問も載ってたのに、新版で紙が良くなったのと引き換えにカットされた。まぁ、いい判断だと思う。
学生時代にこんな至福の時間を過ごせたからこそ今の僕がある。おかげさまで人生大失敗だ。
感謝しかない。
5月26号(화요일)
ブックカバーチャレンジ (2日目)
35.7度。異常なし。
(2日目) 保坂和志 "小説、世界の奏でる音楽"
本を読みはじめてから小説を読むようになったのはずいぶんあとになってからだけど、その時、読み始めたのが保坂和志さんだったと思う。小説家にしろ、哲学者にしろ、僕が本から読み取っているのは"思考"だと思う。
5月25号(월요일)
ブックカバーチャレンジ (1日目)
35.9度。異常なし。
先週Facebookでブックカバーチャレンジ走ったから、ブログにも載せておきます。
大学の後輩、尾坂さんからバトンを受けたので、ブックカバーチャレンジ今日から1週間走りまーす!
(1日目)刘慈欣 "三体"
話題のSF。翻訳版はまだ第一部しか出てないからすでに第三部まで揃っている中国語版でチャレンジ。ま、まだ読めるほどの中国語能力はないので字面を追うだけ。でも日本語より、簡体字の方が雰囲気が感じられてよいです。はい😜
5月23号(토요일)
米希亚
36.6度。異常なし。
中国語でカバーされている日本の歌が、僕が思っている以上にたくさんあるようだ。
中国語でカバーされていて中国でもよく知られている日本のアーティストがつくった名曲を中国のテレビ番組で日本のアーティストがカバーして熱唱しているのを聴いて僕も鳥肌が立った。
最初的梦想 紧握在手上
最想要去的地方
怎么能在半路就返航最初的梦想 绝对会到达
实现了真的渇望
才能够算到过了天堂
5月16号(토요일)
이태원 클라쓰
36.3度。異常なし。
中国語と韓国語を一日置きに勉強しようと思っていたのだけど、今週はずっと韓国語。といっても韓国ドラマを見始めたらとまらなくなってずっと観ていただけだけど....
人気があるというので観たらハマってしまった...
이태원 클라쓰(梨泰院クラス)
単なる恋愛モノかと思ったら、ビジネスの要素がけっこう強くて、僕自身の仕事のモチベーションを高めて、奮い立たせるという意味でとてもよかった。
まぁ、対立の図式で物語を動かすというのは僕の人生観に合わないのだけど、これは韓国特有の思考形式かもしれない。
韓国って、いくら細分化しても対立の図式が無限後退してゆく。
ヘーゲルかよ!
ちょっと話が逸れたけど、やっぱりストーリーがよく練られていて、単純に次が観たくなって最後まで観てしまったよ 汗。。。
語学の勉強をするのにドラマを観るのがいいって勧められたのだけど、はじめはあまり気が乗らなかった。ドラマって70話くらいあるやつもあって、特に中国のドラマはだいたい長いので途中で疲れてしまうから、2時間で完結する映画の方がいいと思っていた。
けど、10〜30話くらいのドラマってはまると一気に最後まで観れてしまうのでやっぱりいいかも。
ま、語学の勉強もいいけど、コロナもちょっと落ち着いてきたから、そろそろ仕事もがんばろか。
화이팅!(ファイティン!)
5月9号(토요일)
中华职业棒球
36.6度。ちょっと高めだけど異常なし。
しっかし、土日でもまだ何もできない。
はやく演劇とプロ野球が再開してほしい!
プロ野球は6月19日に開幕かー、あと1ヶ月!
演劇はもうちょっと時間かかるかな...
甲子園ロスが激しいので、中川家のYouTubeで脳内イメージを補ってる。
ドゥオン!ドゥオン! ドゥオン!ドゥオン!ドゥオン!
まあ、そんなところで、家でツイッターを見ながら沈んでいたら、台湾プロ野球のライブ中継が流れてきた。
— Twitter Live (@TwitterLive) 2020年5月8日
んっ? 台湾になんで楽天がいるねん?
なんか不思議な感じやけど、どことなく日本の楽天の選手のバッティングフォームに似ている気がする。
しかも、対戦相手の中信兄弟は、ユニフォームが阪神みたいで親近感がわく!
ふだんは日本のプロ野球を観ていて、台湾プロ野球はほとんど観たことないから、知っている選手もいないし、投手の制球力も日本のピッチャーより劣るけど、だんだん観ていて楽しくなってきた!
なんというか、台湾独特の応援スタイルがあるんですよね。
スタンドにチアガールがいる!
しかもチアのダンスがゆるゆるで癒される(笑)
アメリカのチアのように見せつけるようなダンスではなく、
Dallas Cowboy Cheerleaders dancing to "Shakin' That Tailgate" by Trailer Choir
六大学のチアのように規律正しいダンスでもなく、
とて〜もゆる〜〜〜い
峮峮回來啦 20190326 開幕戰 敲可愛的陳子豪應援!!
この峮峮ちゃんというチアはすごく人気があるらしく、なんか高橋留美子のマンガに出てきそう。
人気がでる理由がわかる気がする。
ユニが阪神タイガースに似ているし、峮峮ちゃんがいるから、僕も中信兄弟を応援することにした。
楽しみ!
あと、勉強になるのは、台湾プロ野球は球場にもうお客さんを入れているのだけど、まだ新型コロナの感染リスクがまったくない訳じゃないから、観客数に1,000人という上限を設けている。
客席は隣との距離をちゃんと取っている。
そして、すごく頭がいいのは、お客さんをフルに入れられないからといって開催を見送るのではなく、ひとまず1,000人入れるところからスタートして、試合をちゃんとツイッターでライブ中継して、世界に発信しているということ。
だから、日本にいる僕も観た!
観客をフルに入れられないというのは、興行としてはマイナス条件だけれども、世界でプロ野球の試合を開催できているのは、台湾と韓国しかまだないというのはプラス条件。日本やアメリカではまだプロ野球が始まっていないから、世界中に野球を観たいと思っている人がたくさんいるはず!
そう、だから日本にいる僕も観た!
実際に、あるプラットフォームの配信では1週間でのべ700万人の視聴者がいたらしい。
これで放映権と広告料を取れば、採算が取れるようになってくるよね。
じきに日本やアメリカでもプロ野球が始まって、視聴者が離れていくだろうけど、その頃には球場にもっとたくさんお客さんを入れられるようになっていて、通常営業ができるようになっていくよね。
天才IT大臣といい、台湾から学べる点は多い。
このような前向きな発想ができる人たちは、
僕らに速度と角度を与えてくれる。
5月5号(화요일)
在宅勤務は定着するのか?
36.1度。異常なし。
昨晩は大学の同期とZOOM飲み。
東京を離れて久しく、なかなかみんなと会えないので、ああやって飲めたのはよかった。ただ飲むのはやっぱり場を共有するというか、その場の雰囲気を楽しんでる面が強いので、実際に会って飲むほうがいいかも。
しかし、テーマを設けて議論するならZOOMでも全然いけるかなーって思った。昨日、一番面白かった話は、
《コロナ禍》から《コロナ後》へ、世の中がどのように変わるのか
コロナ後は、中国とアメリカの駆け引きが激化するという話が一番興味深かった。アメリカが新型コロナウイルスの感染防止に四苦八苦している様子をみても、国力が相当落ちていると感じるし、世界のパワーバランスが変化する。
日本もこれまでのようにアメリカの顔色を伺っていればよいという時代は終わると思う。中国の動向を絶えずチェックせねばならないし、韓国ともよきライバルとして競いあっていかねばならない。我々も彼らのようにもっと勉強せねばならない。
ただ、これはテーマとして大きすぎる問題なので、引き続き勉強するとして、もっと身近な問題として面白かったのは、ライフスタイルや建築の用途区分の変化について。例えば、住居とオフィスがくっついたり、病院とホテルがくっついたり、今までだったらカテゴリーミステイクだったものがそうでなくなるという話。
SOHO
僕らが学生だった20年くらい前、マンハッタンのSoHo地区の住居環境をモデルにした、「SOHO (Small Office Home Office)」というライフスタイルの提唱が流行っていた。
SoHo地区は小規模のギャラリーやデザイナーの事務所が多く、また当時はマンハッタンのなかでは家賃が比較的安かった?から、アートやファッションに興味がある学生やデザイナー、アーティストが数多く住み着いていた。そして、彼彼女らは、そこで仕事をしたり、展示会を開いたり、勉強会をしたり、バーで飲んで語りあったりしていた。そこでは仕事と生活の幸せな関係がコンパクトに成り立っているというので、それをもっと他の国や地域でも広げられないかというムーブメントがあった。
日本では、SoHo地区の利点をそのままという訳ではないが、通勤地獄を緩和させるという文脈で受け入れられ、今の在宅勤務(テレワーク)をやろうという人がそこそこいた。
ちょうどサイバーエージェントやライブドアといったITベンチャーが世間を賑わせていた時で、フレックスタイム制という勤務形態や成果報酬制という賃金形態もこの頃から取り入れられるようになってきたと思う。
しかし、成果報酬制というのはそこそこ普及したけれども、在宅勤務を認める企業はほとんどなかった。その後も東日本大震災の時に帰宅難民者が出るなど、在宅勤務に追い風が吹いたし、フリーランスを中心にノマド族(所定のオフィスを持たないワーカー)なんかも現れたけれども、SoHoというライフスタイルは、2020年のコロナ以前はあまり定着していなかった。
定着しない理由として、2つ考えられる。
(1)通信インフラがまだ整備されていなかったから
インターネットが普及したとはいえ、メールは全然問題ないけれども、データのやり取りがスムーズでなかったし、動画レベルのデータ交換はほぼ無理だったので、仕事の制限が多すぎて、けっきょく集まって仕事をした方が効率がいいということになった。
(2)安定したパフォーマンスを示せないから
会社に行って1日8時間働くといっても、実際さぼっている人は多々いるだろう。しかし、やっぱり会社に行ったら、それなりに働く。特に日本人は。それを1日や2日ではなく、何年もずっと続ける。この習慣によるパフォーマンスはバカにできない。
⚪︎学生と社会人の比較
例えば、学生と社会人のパフォーマンスを比較すると、学生は試験期間中は徹夜して勉強するから、その期間だけで言えばパフォーマンスは高い。ただ普段はあまり勉強しないから、年間のトータルパフォーマンスで言えば、社会人に負ける。社会人は徹夜はしないけど(たまにするけど)、1日8時間毎日コンスタントに仕事をするから、トータルでは学生に勝つ。
また、アメリカの修士の学生や日本、韓国、中国の大学受験生のように詰め込みの勉強をする人たちは2,3年間ずっと勉強しっぱなしなので一番パフォーマスが高いけれども、あれは一種の修行みたいなもので、また詰め込む対象が比較的明確だからできるわけで、やはり2,3年が限界だと思う。
⚪︎アメリカと日本の比較
あるいは、アメリカと日本を比較して、アメリカは労働生産性が高く、そのライフスタイルの自由さを主張する人は多いけれども、労働生産性の比較で、単純に為替レートをそのまま採用して比較してよいのかという問題がある。
なぜなら、為替レートは、労働の質や量によって決まるわけではなく、国力の問題が大きく絡むから。米ドルは世界の基軸通貨だし、その基軸通貨としての信用を保持するためにアメリカはあらゆる金融政策を打っていて、例えば変動相場制の採用がその最たるものだし(変動相場制採用前のレート:1ドル=240円なら、日本も外国に物を売りやすいし、ここまで必死になって働かなくてもいいはず)、なんといってもアメリカは軍事力が日本とは比較にならないほど強大だから、世界的な信用度が全然違う。
つまり、為替レートが決まるのは労働生産力以外の要素が多分にある訳で、日本人がアメリカ人と同じくらいの労働パフォーマンスを示す程度なら、日本なんてすぐに潰れちゃうという理解でいいんじゃないか。
⚪︎フレックス、長時間労働
またフレックスタイム制の人は、仕事が8時間で区切れないから、ある日は10時間以上ぶっ続けで仕事をして、翌日は朝ちょっと遅めにスタートをするなどの調整をするのはよいとしても、慢性的に深夜にまで仕事が及んでいる状態の人の労働パフォーマンスはけっして高いとは言えない。そういう人はほぼ毎日、朝が遅くなるし、チームで動いている場合は、朝イチのショートミーティングなどができず、チームワークが悪くなり、結果としてチームとしてのパフォーマンスが落ちる。
また終電組という長時間労働の代名詞のような人がいるけれども、終電で帰るというのは、仕事がきっちりと終わって帰るわけでなく、仕事が終わらなくて終電でしぶしぶ帰るということ。つまり、仕事がマネジメントできていないということ(会社側がマネジメントできていないか、個人がマネジメントできていないか、両方かはケースバイケースだけど)。
要するにフレックス勤務や残業で深夜勤務が慢性化している仕事というのは、帰るのが遅くなるのでやった気分になっているだけで、仕事自体のパフォーマンスは決して高くない。
だからフレックスタイム制は、結局、プログラマーなどの特殊技能者で、自己完結性の強い業務、さらに成果を評価しやすい業種に限って採用されている傾向がある。あとはパフォーマンスどうこうではなく、どっちみちパフォーマンスの低い人が、自分の都合で導入していることは多々あるだろうけど。
さてさて。
⚪︎在宅勤務は普及するのか
今回、新型コロナの影響で、在宅勤務(テレワーク)をすることになった人は多々いると思う。その場合、(1)は大丈夫じゃないかと思う。企業のスケールで考えると、セキュリティーの課題がまだあるものの、ZOOMやSkypeでテレビ会議ができるし、メールやLINEで仕事のやり取りもできる。商談等でお客様のところに行かねばならないことはあるだろうが、在宅でも十分に仕事ができる通信インフラが整備されてきた感はある。しかし、問題は(2)だ。
1,2ヶ月の期間限定ならいいが、年間単位のトータルパフォーマンスを維持できるだろうか?
実際、この1,2ヶ月でも在宅勤務になったら生産性は落ちている。もともと周りが止まってしまって通常時のように稼げないから、在宅でもOKということだけど、本当に稼がねばならないという時に、在宅でパフォーマンスを示せるか? 会社が潰れないくらいの収益、パフォーマンスを上げられるかとなるとまだまだ疑問が残る。
また在宅勤務の場合は、成果の評価の仕方も難しいので、完全成果報酬制にするか、あるいは勤務の管理が行き届かないので、残業は認めにくくなるし、裁量制という方向へ向かって行くのかなって思う。
在宅勤務はまだまだ課題が多いし、よのなか全体が在宅勤務の方向へシフトするかどうかはわからない。
5月1号(금요일)
35.9度。異常なし。
中国人の知り合いに「重慶ってなんであんなに栄えているんだ?」と聞いたら、苦笑いしながら「日本のおかげだよ」と言われた。
なんのことだか、さっぱり分からなかったのだが、戦時中に日本軍が南京を攻めて、そこから逃げだした蒋介石が重慶に隠れ、イギリスやアメリカの後方支援を受けていた。その名残で重慶は今でも経済的に発展しているということだった。
いま中国でイメージできる都市は、上海、北京、あと深圳くらいだ。武漢の人口が1,000万人と言われても、「はっ?武漢ってどこやねん?東京より人口多いやん」という感じで全然ピンとこなかったが、中国には上海や北京以外に、西安、重慶、成都、広州、杭州、天津、大連、ハルビンなど、大きな都市がまだまだたくさんある。
そういったこともあり、ジャ・ジャンクー(贾樟柯)の『四川のうた』(『二十四城记』)を観た。
四川省の省都、成都が物語の舞台。成都にある軍事国営工場の土地が民間の不動産会社に買収されて、工場が取り壊されることになった。その国営工場で働く人々のインタビューを通じて、中国社会の移り変わりを表現している。
例によって、成都と言われても全然ピンとこない。「四川省といえば四川料理!麻婆豆腐がめっちゃ辛くて、パンダがたくさんいるんだろ」というくらいしかイメージがわかない。
あとはYouTubeで見つけた《成都》という歌のイメージくらいか。
音乐圈的清流!赵雷质朴演绎《成都》掀起清新民谣风 -《歌手2017》第3期 单曲The Singer【我是歌手官方频道】
地理的にもかなり奥地だし、アメリカでいえばウェストバージニアくらいのイメージか?ふるさと感たっぷりの土地のようだ。
映画は2000年前後だから、成都の街並みにはまだまだしっとりした感じがある。一方で、今、上海や北京に行ったら、あっけらかんとしていて、表面的には欧米のテイストそのまんまという感じだ。
ただ、僕が中国について一番興味があるのは、この映画で描かれている時代。「やれ毛沢東だ!やれ大躍進だ!やれ文化大革命だ!」とかなり極端な政策下にいた人々が、解放路線に転じていくなかでどのように変化していくのか。そして、中国の本質はどのようなものなのかということだ。
そういった意味で『四川のうた』は、すごく魅入ってしまう映画だった。
ただ、その工場で働いている人々やそこに関わる人々のインタビューのカットが、あまりにも綺麗にできすぎているので不自然に思っていたら、素人ではなく、俳優がインタビューに答えているとのことだった(一部素人、一部俳優?)
一見ドキュメンタリーと思って信じてしまったら、実はフェイクドキュメンタリーだったということなのだが、ここにもジャ・ジャンクー(贾樟柯)の意図が垣間見られる。
たとえドキュメンタリーだとしても鵜呑みにするなよ。
僕自身、中国のことを知りたくて資料的な見方をしていたので、してやられた。
しかし、彼に悪意は感じられないし、コンテクストを歪めているようにも感じられない。現状の中国における表現規制の問題もあるだろうし、また作家が作品にどこまで介入すべきかという判断の問題もある。
そういった諸々の事情やメタレベルの葛藤もふまえた上でのドキュメンタリー、ありのままの成都、ありのままの中国ということだろう。
リアリティの再定義。
実にクールな作品だ。
その他、作中にイェイツの詩が幾度か引用されるのだが、イェイツがまるで諸子百家のように漢書を綴っているような気がして面白かった。
秋叶繁多 根只有一条在我青春说谎的日子里
我在阳光下招摇
现在 我萎缩成真理
―― 叶芝
あと、工員の青春時代の想い出ばなしのなかで、山口百恵のドラマのエピソードが語られるのだが、中国に受容された山口百恵を聴くと、なんだか日本にいる以上にその時代のリアリティが感ぜられるのであった。
2020年4月日記Z
4月29号(수요일)
36.0度。異常なし。
マスクが届きました。
噂に聞いているよりも全然いいじゃん!
って思ったら、服飾系の仕事をやっている大学時代からの友人が送ってくれたモノでした。
ありがとねえ!
ちょっと自慢。
このマスク、ちゃんと立体になってる。
服飾系の職人さんは、平面からちゃんとイメージして立体をつくれるから純粋にすごいと思う。
ピッタリ!!
4月27号(월요일)
ソロモンの偽証(韓国版)
36.3度。異常なし。
韓国語のリスニングは難しいので、ドラマを観て耳を慣らそうと思って、Amazonプライムでテキトーに探して、たまたま観たドラマがびっくりするほどよく書けていてびっくりした。
ああ、びっくりしたー
同級生の自殺に疑念を持った高校生たちが、自らの力で裁判を開催して真相を突き止めるという、現実的にはちょっと無理がある設定だけど、韓国の大学受験はものすごく厳しいし、今回の新型コロナウイルスの感染を防止する対応をみて、韓国の政府、医療関係者、現場スタッフには、優秀な人材が一定数いるということがわかったように、彼彼女らはものすごく勉強しているし、ドラマで描かれているようなことができてもおかしくないとさえ思えた。
また、このドラマには気がふれた大人や子供(高校生)がたくさん出てくるのだけど、実際に韓国では大学受験が厳しすぎて毎年自殺者が出ているし、厳しすぎるがゆえに、それがエスカレートして、社会や、人々の内面までもを歪めてしまっていることが多々あると想像される。そういった韓国社会の負の面、大人社会と子供社会の齟齬や軋轢といった人間模様がつぶさに描かれている。
すげぇー
韓国語のリスニング能力を鍛えるトレーニングのつもりが...
あとでわかったことだが、原作者は宮部みゆきさんらしい。
えっ、マジ!?
宮部みゆき すげぇーって、改めて思うと同時に、構想15年執筆に9年を費やしたと知って、
まぁ、そうだよなー
って妙に納得してしまった。
いや〜、いい仕事してるな〜
ただ、原作では高校生ではなく、中学生という設定になっていて、どちらかと言うとファンタジー的要素が強いように思える(日本ではなぜ中学生を描くのか? その理由は、また別の文脈があると思うけど)
対して、韓国版が高校生という設定になっているのは、韓国では高校3年生というのが、彼彼女らの人生、また社会において特別な意味を持つからでしょう。そう考えると、たしかに宮部みゆきさんの原作があってはじめて可能な作品だけれども、韓国版の강 일수(カン・イルス)という監督、この人もまた優秀な方で、実にいい仕事をしてますね。
また、忘れてはならないのは、やはり俳優のレベルが高いってこと。韓国版に出ている김 현수(キム・ヒョンス)という若手の女優さん。この子、絶世の美女というわけでは決してないけれど、なんか、ものすごく人を惹きつける演技をする。
ふふふ
韓国語を勉強する楽しみがまた1つ増えた。
さて、次は何をみようかな。
ちなみに、今回のドラマで覚えた台詞は、
괜찮아(ケンチャナ) 大丈夫
한국어를 열심히 공부하겠어요.
4月23号(목요일)
平日の午前中
36.3度。異常なし。
出社。社内サーバーにアクセスせねばできない仕事を数件やっつけて午前中で切り上げる。空が明るいうちに会社を後にするというのも悪くない。
途中、公園にさしかかったとき、
「ああ!あの時の...」
高校を卒業して迎えた浪人時代の春の風景をふと思い出す。
学校で過ごしていると、あまり感じないことだが、平日の午前中というのは、とても静かなものだ。特に十時前後、あらゆる人が仕事を止めているのではないかと思う瞬間が必ずある。人は、深夜に草木さえ眠ると思いがちだが、本当に時間を止めているのは、この時ではないかと、ぼくは思う。
(山田詠美『ぼくは勉強ができない』)
そう。今の心境はあのときによく似ている。
↓↓↓↓↓
4月22号(수요일)
在宅勤務って言われてもなー
はてさて、どうしたものか?
ま、とりあえず、ボブ・マーリーでも歌っとくか ♪
4月18号(토요일)
カン・ギョンファ外相
このような危機に直面した時というのは、ふだんは雑音に埋もれてしまってなかなか聞き取れない優秀な人たちの声がすっと耳に入ってくる。
韓国外相、国内の新型ウイルス感染「安定化が見られる」 BBC番組で発言
この人はいったい何者なんだ?
って思っていたら、きょう読んでた本に出てきた。
韓国のカン・ギョンファ(康 京和)外相に対する評価は高い。英語はうまいし、合理的で、グレー・ヘアーが魅力的な女性である。私がかつて国連大使だったとき、彼女は韓国の国連代表部の公使だったが、通常は大使レベルが主催する会合をリードして、各国の外交官から評価されていた。たしか帰国子女で、テレビ局に勤め、ビル・クリントン大統領と金大中(キム・デジュン)大統領(ともに当時)の会談の通訳を務めて話題になり、ジャーナリストから外交官に起用された。韓国の国連代表部のあと、ジュネーブの国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の副弁務官を務めた。2008年頃、ジュネーブに行く機会があったとき、二人で話し合ったことがある。2017年1月、アントニオ・グテーレスが国連事務総長に選ばれたとき、その特別補佐官に抜擢された。ところが同年6月、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領に請われて、外務大臣に就任した。私も彼女の能力は評価している。北岡伸一『世界地図を読み直す』(新潮選書)より
- 作者:北岡 伸一
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今回の危機に対する各国の対応をみていると、やはり韓国はその対応のスピードが速く、精度が高かった。
韓国は90年代後半の金融政策の失敗がいまだに尾を引いているが、民度も含めた国力が世界で一番高いのではないかという気もする。
韓国語の勉強を続けよう。
4月15号(수요일)
三密を避け、三密を学ぶべし。
思わぬかたちで時間ができたので、語学の勉強のみならず、久しぶりに本でも読んでみようかとふと思い立つ。
ちまたでは、いま「カミュ(ペスト)」と「空海(三密)」とが、ひそかなブームになっているようだが、ぼくは前々から興味のあった空海を選んだ。
ぼくの家系は仏教一家で、小さい頃から仏教にふれる機会があった。正月にじいちゃんの家に行くと、じいちゃんが仏壇のまえでお経を読むのをいつも正座して聞かされていた。
ぎゃってい・ぎゃってい・はらぎゃってい・はらそうぎゃってい・はんにゃしんぎょ〜う ♪
これは、般若心経の一節なのだが、お経のフィナーレの部分で、じいちゃんがここをいつもこぶしをきかせて力強く読むものだから、おかしくて、おかしくて、笑いをこらえるのに必死であった。
まぁ、小さい頃はこんな感じだったが、大きくなってから般若心経くらいは勉強した。
- 作者:玄侑 宗久
- 発売日: 2006/09/01
- メディア: 新書
その心は理解したので、いまではおおらかな気持ちでテクノヴァージョンも聴く。
般若心経 cho ver. [テクノ法要 Remix.2019] live / 薬師寺寛邦(キッサコ) × 朝倉行宣(テクノ法要)
また中国語の勉強を兼ねて、中国語ヴァージョンも聴く。
仏教の教えは、じぶんのフィーリングに合うので、そこそこ勉強してきた。まず通史は末木文美士さんの本で勉強した。
- 作者:文美士, 末木
- 発売日: 1996/09/02
- メディア: 文庫
通史で面白かったのは、奈良時代だったか? 当時の坊さんは権力をにぎって一大勢力となっており、宗派間の争いが絶えず、坊さんが武装して戦争を繰り返していたというところだ。
おいおい、坊主よ、おまえたちはいったい何を修行してきたのかね?
坊さんにも、そんな過去があったのかと呆れてしまうものの、時代ごとに偉い坊さんがちゃんと出てきて、民衆に教えを説き、その苦難を乗り越え、よのなかを平常へと導いてゆくのである。
何かを学ぶときは、好きな人をつくれ!
とよく言われるとおり、僕が仏教を学ぶ上での、その人は法然であった。
なぜかと言うと、うちの父方は浄土宗(法然)で、母方は浄土真宗(親鸞)であった。思想的には浄土真宗のほうがわかりやすく、広く大衆化しているので、法然より親鸞のほうが一般的には人気があるのだが、各々の宗派の色合いが違って、僕には浄土宗の方がフィットしたのだった。
というのは、親類がなくなったとき、葬儀に出るのだが、浄土真宗のお坊さんは頭を丸めていない。そして彼らが読むお経もどこか心に響いてこない。
対して、浄土宗のお坊さんは頭を丸めていて、彼らの読むお経はすごく声が通って、聴いていて自然と背筋がピンと伸びてくる。僕が小さいころから、いつも良く聴いていたのは、法然院の梶田真章さんというお坊さんのお経なのだが、本当に素晴らしい読経であった。
- 作者:梶田 真章
- 発売日: 2006/01/01
- メディア: 単行本
梶田真章さんの影響もあって、仏教では法然に傾倒したのだが、法然上人の思想というのは、すこぶる難しい。
例えば、思想家のなかで梅原猛さんは好きで、けっこう読んだ。ただ、彼の法然に対する解釈はどうかと疑問に思っている。梅原さんの思想は、聖徳太子に対する理解もそうだが、その人物が小さい頃に負った傷、背負っている暗い過去があり、それがその人物がのちに歩んでゆく道を定め、その怨念によって苦難を乗り越える、その人物が大成するという物語性が強く打ち立てられている。
- 作者:梅原 猛
- 発売日: 2004/06/08
- メディア: 文庫
- 作者:梅原 猛
- 発売日: 2004/06/08
- メディア: 文庫
しかし、法然が幼い頃に、母親が惨殺され、深い傷を負ったのは事実であったとしても、その思想を形成する過程で、その哀しみは相対化され、無化しているのではないかと、僕は想う。
とはいえ、法然上人自身の著作は難解でまだ読めていない。僕が死ぬまでには読みたいと思っているのだが....
さて、その法然とは別に、仏教史上、もう一人興味深い人物がいる。
それが 空海 なのだ。
弘法大師という名でも知られ、「弘法も筆の誤り」とことわざで言われるとおり、達筆の代名詞として現代でも広く語られる書家としても有名であり、建築から、教育から、何から何まで手がけた天才としてその才能を広く世に知られている。
ただ、この空海も法然と同様に、その思想は非常に難解で、これまで手をつけあぐねていた。しかし、
三密!三密!三密!
と、こう何度も何度もしつこく言われると、さすがに気になって仕方がない。
まぁ、いま世間で言われている三密というのは、
密閉・密集・密接
であって、空海の説く三密は、
身密・語密・心密
なので、ちょっと違うのだが...
本には次のように書かれている。
三密とは一には身密、二には語密、三には心密なり。法仏の三密は甚深微細にして、等覚十地も見聞すること能わず、故に密と曰う。一一の尊等い殺塵の三密を具して、互相に加入し、彼れ此れ摂持せり。衆生の三密も亦た復た是の如し。故に三密加持と名づく。
ふむふむ
実に興味深い。
勉強しよう。
4月4号(토요일)
感染者が減少に向かわない。
よって今は家にいるしかない。
よって家で楽しむ方法を考えるしかない。
前回に引き続き、ひとり◯◯をシリーズ化できそうやけど、
今回は
ひとりカラオケ
昨年末に描いていた計画では、春になったら中国と韓国に出張に行こうと思っていて、でも春だと言葉の習得もまだまだやから出張に行っても不発に終わるかもって心配していたのだけど、新型コロナがすべてを吹っ飛ばしたので、その心配も杞憂におわった。
もう一度スケジュールの立て直し。
どうやろ?
夏はまだ無理かな?
秋には行けるかな?
それで、韓国語も初級のテキストが終わって、基本的な単語とフレーズ、あといくつかの基礎文法を覚えたんやけど、韓国語は、漢字(簡体字)で書かれた中国語とちがって、ハングルで書かれているから文章をパッとみてもなんのことやらさっぱりわからない。
それに英語のリエゾンみたいな連音化やら流音化やら発音の変化がおこりまくるから聞いていてもついていけないし、自分で発音するのもけっこうムズい。
語学はとにかく暗記するしかないから、単語カードをひたすら繰り返してるねんけど、マンネリ化してきて集中力が落ちてきたし、正答率が70%を超えるとそれ以上なかなか上がってこない。
なんか切り口のちがう学習アイテムが必要やなー
それで本屋さんに行ってテキストを探してみたり、問題形式を取り入れたほうがいいかなって思って問題集を探してみたのだけど、いいのがなかった。
で、結局採用したのは
カラオケ
どうやら、韓流ドラマやK-POPがきっかけで韓国語を勉強する人が多いらしく、YouTubeで探したら、教材がたくさん出てきた。
로이킴 (Roy Kim) - 봄봄봄 (BOM BOM BOM) MV
まずは、ROY KIM(ロイ・キム)の『봄봄봄 』(BOM BOM BOM)
日本でいえば星野源みたいな感じかな?
比較的歌いやすい。
しかし、カタカナのルビなしのハングルだとまだついて行くのが厳しい。
[TJ노래방] 봄봄봄 - 로이킴 (BOM BOM BOM - Roy Kim) / TJ Karaoke
次は一気にレベルをあげてBTSに挑戦!
BTS (방탄소년단) '봄날 (Spring Day)' Official MV
봄날 (Spring Day)
いい感じ。
しっかし、かなりムズい!
っていうか、韓国語をわかっていても歌詞で描いている世界をイメージするのがムズい!
よってカラオケは激ムズ!
[TJ노래방] 봄날(Spring Day) - 방탄소년단(BTS) / TJ Karaoke
それから韓国のアイドルはスタイルがよくて、ダンスがうまいから、ダンスの勉強にもなる!
オレ、ダンスせーへんけど。
T-ARA[티아라] "SUGAR FREE"[슈가프리] M/V ver.1
歌詞は簡単やけど、アップテンポでカラオケはムズい。
Sugar Free(BigRoom Ver.)_T-ara 티아라_TJ노래방 (Karaoke/lyrics/romanization/KOREAN)
ちなみに韓国語は「F」の音を「P」と発音する。
SUGAR FREE ってところを
シュガプリ
って歌う。
へー
家でもできることはたくさんある。
2020年3月日記Z
3月20号(祝日)
ひとりスタバ
商売あがったりやし、今月末の中国語の試験も中止やし、高校野球中止やし、プロ野球開幕延期やし、もうやることないねん。
ゴルフの練習場は、屋外やし、みんなクラブ振り振り回すから、人にあたったら危ないから、人に近づかないように設計されているから、まあ、安全やと思うから、ゴルフの練習はちょいちょい行ってるけど、繁華街や人混みは避けたほうがええっていうから、それ以外は基本的に家におる。
それで最近は家でスタバやっとる。
ひとりスタバ!
スタバで挽いてもらったコーヒーをスタバのカップに入れて飲んどる。
おやつは近所のパン屋さんでこうてくる。
音楽はYouTubeから拾ってくる。
2019 년 최고의 스타 벅스 음악 재생 목록 - 카페에서 가장 많이 사용되는 음악
ま、ほぼ完璧やな。
2020年2月日記Z
2月23号(周日)
复习
신종 코로나바이러스
シンジョン コロナバイロス
韓国ではウイルスのことをバイロス(바이러스)というのか。
へぇー
それにつけても、いっこうに衰える気配をみせないなー
これはもう、家に帰ったら手を洗って、うがいをして、オレンジジュースを飲んで、牛乳を飲んで、適度な運動をして、体を健康に保つことをこころがけるしかないな。
さてさて。
中国語は初級のテキストが終わったので、つぎは中級のテキストに行きたいところなのだけど、なかなか苦戦しております。
なにがって、
聴きとりがけっこう難しいんですよ!
知ってる単語を言われても、「えっ!なに?」って思ってしまうことが多々あるのです。
《中文》
(1) 下 周 我 得 回 国 (xia zhou wo dei hui guo)
(2) 我 要 多 穿 衣 服 (wo yao duo chuan yi fu)
(3) 冬 天 一 定 去 滑 雪 (dong tian yi ding qu hua xue)
(4) 都 有 什 么 呢 ?(dou you shen me ne ?)
(5) 一 个 小 时 就 能 到 (yi ge xiao shi jiu neng dao)
《日文》
(1) 来週、私は帰国せねばなりません
(2) 私は服を多めに着る必要があります
(3) 冬はいつもスキーに行きます
(4) 何がありますか?
(5) 1時間で着きます
ここに出てくる単語はすべて知っているのだけど、(1)〜(3)は自分がイメージしてしまう音と違うので何回言われてもピンとこない。
(1) 「周」は日本語の「週」と漢字が違うけど、一緒みたいなもんだから、どうしても「シュウ」という音をイメージしてしまう。そこにきて「ジョ」と言われても「はっ?なに?」って何回聞いても思ってしまう。
(2)「多」もおなじく日本語の「多」と意味も近いから、どうしても「タ」という音をイメージしてしまう。だから「ドゥオ」って聞いてもピンとこない。
(3) 「冬」の場合は、音が「ドンティエン」と言われると「曇天」をイメージしてしまって、なかなか「冬」っていうイメージが湧いてこない。
(4)(5)はちょっと違うのけど、これらはニュアンスを含んだ言葉で、ここに必要だという感覚がまだないから、なかなか聞き取れない。
「都」は複数の答えがあることを想定して聞く場合につける単語で、冷静になって読めばわかるのだけど、「ドウ」ってさらっと言われると「はっ?」っていつも思う。
また「就」は日本語の「就」と使い方が全然違うのでいつまでたってもピンとこない。ここでいう「就」は「たった1時間で着くよ」という「たった」というニュアンスを表現していて、しかも「ジュ」っていう音もなんだかなー
う〜んぜんぜんピンとこない。。。
そんな感じなので、先に進むのをやめて今は初級のテキストを復習しています。
もうちょっと定着率をあげないと先に進んで難しいことを習っても消化不良を起こすだけだから。
でも受験とちがって自分でやる勉強はここがいいよね!
受験は人と競い合うのが前提だから、人に遅れないようにという強迫観念にたえず悩まされるけど、自分でやる勉強は、自分ができるようになるまでやってから次に進めばよい。
加油 学习 汉语 !!