2019年8月日記Z

8月18日(日)

ヨガマット




热死了!


それつけても今年は暑い!


今年だけじゃないとか、去年もどうだったとかを僕にむかって言うのは愚問で、なぜなら去年は会社のラボに缶詰で、夏の暑さどころか冬の寒さもよく知らないから...


それでそれで、


今年が暑いというのは間違いのない事実で、夜はベッドで寝ているのに朝起きたらいつも床で寝ている。


暑いからふとんを蹴飛ばして、それでも暑いからベッドから無意識で落ちてひんやりとした床に体をペタッとつけて寝ている。


これはよくないということで、ふとんをやめてタオルケットを買ったのだけど、やっぱりタオルケットを蹴飛ばして、朝起きたら床で寝ている。


これはよくない。


床は固いから体が痛む!


という訳で、


というか、床にスペースがあったので、ちょっとストレッチとかできたらいいなーって思って買った。


ヨガマット!


これがなかなかよい。


薄っぺらい割りに、やわらかいし、寝っ転がってもぜんぜん痛くない!


これならベッドから落ちても大丈夫!!


と思っていたのですがね....


ここのところ、ベッドじゃなくて、はじめからヨガマットで寝てしまってます.....


合掌。




中国語でも書いてみました。例のごとく、内容はざっくりしてますけど...


当我回到家时,我困了,所以我小睡了一会儿。

我睡在瑜伽垫而不是床上。

但很舒服。





8月12日(祝)

聖地巡礼



久しぶりの甲子園



ほぼ毎年巡礼しているのだけど、ここ2,3年は仕事で行けず。


去年はそもそもお盆休みがなかったしなー


やっぱり甲子園はいいですねー


独特の雰囲気がありますね。


この雰囲気をいまから新しく作ろうと思ってもなかなかできないね。




野球のレベルでいえば、そりゃ高校野球よりもプロ野球や学生野球の方が高いけど、観ていて面白いのは高校野球


プロや大学の試合は、その日の先発ピッチャーの出来でほぼ決まるので、1,2回をみれば、だいたい試合の結果がわかるのだけど、高校野球の場合は、選手が体力的にも技術的にもまだ完成していないから、1試合のなかでも流れがあっち行ったりこっち行ったりするので面白い。


特に、その流れを読める選手や監督がいる試合は観ていて面白い。


迫田穆成(よしあき)監督 (広島商如水館

馬渕史郎監督明徳義塾

小針崇宏監督作新学院


他にも名将やいい選手がたくさんいて、やっぱり高校野球は観ていて面白いです。


はい




きょうの試合でよかったのは、


宇部鴻城八戸学院光星


どちらのチームも選手の体が大きくて、ウエイトトレーニングもしっかりやってるなーって感じた。特に両チームの一番バッターが素晴らしい。


岡田選手宇部鴻城

武岡選手八戸学院光星


このふたりは身体能力が高いし、野球センスもあるので、大学、社会人、うまくいけばプロになれる逸材。


果たして、今年はどこが優勝するのか?


みんながんばれ!!





8月4日(日)

C罗




エアコンの工事が無事におわり、家でも快適にすごせるようになった。まだ家具とかは全然ないけれど、そういうのはぼちぼち入れていこう。


東京のときは仕事が終わるのが遅かったし、そのあとカフェで本を読んでから帰ったりして、ほとんど家にいなかったのだけど、ここに来てから家で過ごす時間が長くなった。


家に早く帰れるのなら、いろいろなことにチャレンジするチャンスがあるはず!


なのに、じっさいはビールを飲んですぐに寝てしまう。。。


確かに、ここ数日の暑さは異常で、しかも屋外での作業が続いていたから、仕方がないといえば仕方がないのだけど、う〜ん、さすがにこれじゃもったいない。


そろそろじぶんのなかで課題をもって、じぶんに与えられた時間を有効活用するようにしよう。






C.ロナウドの新しいユニがきたので、さっそく着てジムで一汗かいてきた。


SIUUUUUU!!!!!!


ちなみに中国語で、クリスティアーノ・ロナウドは、


C罗


って言うらしい。完全な当て字だけど、カラオケが、


卡拉OK


だから、もうなんでもアリでしょう。


あ、あと、メッシは、


梅西(Mei xi)


これは単に音を合わせただけの当て字やな。


なんか同級生の梅西くんとか、どこにでもいそうな日本人ってかんじで全然スーパースター感がない。


中国4000年の歴史のわりには表現力がお粗末やなー


がんばれ! 中国語!


例によって、このネタを中国語で日記に書きました。メッシの話は難しいからロナウドの話だけ。


今天工作很忙了。

为了缓解压力,我在健身房跑会儿步

我穿着足球服跑步。

这件制服是C罗(克里斯蒂亚诺•罗纳尔多)的。

我感觉很棒。














 

 

 

 

 2019年7月日記Z

 

 

 

 阪根Jr.タイガース

 

 

 

 阪根タイガース

 

2019年7月日記Z

7月28日(日)

アロマ




引越しのドタバタはまだ続いていて、新しいアパートは駅から遠いから、必需品の買い出しはだいたいアマゾンでポチって買ってるのだけど、基本的に週末しか受け取りができないから週末に再配達を依頼するだけど、そうなると今度は週末に外出ができなくて困っています。はい。


来週末もエアコンの工事の日程が決まったのはよいけれど、よくよく考えたらずっと出張なのでエアコンの本体を事前に受け取ることができないなーっていまさら気が付いた。。。


そんなこんなでバタバタしていて、なかなか落ち着かないのだけど、


最近のマイブームは《アロマ》


無印のアロマが使いやすくてけっこう気に入っている。


僕はもともと喉が弱くて季節の変わり目(6~7月、11~12月、2~3月)に咳が止まらなくなるから、加湿器をなんどか買って使っていて、それにアロマオイルも付属で使えるものがけっこうあったのだけど、加湿器はどれも結局そうじが大変で、フィルターが汚れるのに掃除しきれないから気持ちが悪くて、だいたい1シーズンで捨てていた。


だから結局加湿器は定着せず、いまは使っていないのだけど、アロマはアロマで加湿効果を求めずに使ったらいいんじゃないかと思って無印のアロマ器を買って使ってみたら、これはすぐに水洗いできるし、アロマの種類もたくさんあるから、飽きずに使っている。


定着するかしないかってこういうことだよね!


ただ、アロマにも難点があって、アロマの香りって焚き始めは香りを感じるのだけど、しばらくすると鼻がなれてしまってほとんど香りを感じないんだよなー


これって無意識のリラックス効果ってあるのだろうか...?




あ、あと中国語でも、このネタ日記に書きました。かなり雑な書き方だけど.....


今天我忙完了一天的工作。
太累了。
我回家非常放松
我很喜欢芳香油的香味。





7月21日(日)

やっとお湯が出た!



ゴールデンウィークに始めた中国語の勉強をいまもなんとか続けている。


その学習で最近のヒットは、


中国語で日記を書くこと。


Google翻訳と日中辞典アプリを駆使して書くから自力ではないのだけど、自分が伝えたいと思うことをなんとか文章にするというのは、とても勉強になる。


しかも書いた文章をまえの会社にいた中国人の同僚や知人にLINEで送ったら、ちゃんと添削して返してくれる。その直された文章をもう一度自分で書いて、拼音をチェックして、自分で読んでみる。


これはすごくいい学習サイクルだと思う。


僕は英語が全然話せないのだけど、英語の学習において失敗したと思うことが多々あって、英作文をほとんどしなかったことも反省点の一つだ。


というか、英作文を練習する方法がわからなかった。


英語の勉強は基本的に受験勉強だったから、英作文をするにしても、文法が間違っていたら点数を取れないので意味がないし、自分が伝えたいことを書くのではなくて、出題者が出す文章を英作するというものだったから、出題される英作文はハードルが高過ぎるし、自分の興味の方向と一致しないので自分との距離がはかれず、いつまでたっても書けるようにならなかったし、ぜんぜん習慣化しなかった。


その時と違って、今回は続けられそうな気がする。


がんばろう!


《日记7月16号(周二)》

今天发生了一个问题。
当我早上起床想要洗澡时,没有热水。

我不知道为什么。
我下班回家,非常努力看了热水机说明书。
说明书很厚,我看不懂。

这个书不是说明书,相反地更加不懂了。

我注意到了很长一段时间过去了。
遥控器上显示错误指示。
因为这些字很小,所以我看不清楚。

最后热水终于出来了!






7月15日(祝)

勝利のビールのはずが...



今週は山を降りて、川の工場で1週間を過ごしました。


山の工場で作った製品のテストを1週間ずっと行なっていたのですが、まずまずの性能が出ていました。


ヨシっ!


スッキリした気持ちで、東京のアパートに向かえるぞ!(※ 引越のため)




構造設計家の木村俊彦先生が、万博か、京都国際会館の建設現場打ち合わせの帰りの話だったかな? まぁ、あれだけの規模のプロジェクトだから現場打ち合わせというのは、状況によってどう転ぶかわからない緊迫したものだけど、「良い案が出た!」「 良い方向に進んだ!」と実感できるときがあって、そういう時は「帰りの新幹線で飲むビールが美味しんだよ!」っていう話をどこかでしていたのをずっと記憶していたのだけど、ちょうど芦屋の集合住宅のコンペのプレゼンの帰りだったかな? 木村俊彦先生のお弟子さんの池田昌弘先生とご一緒したのだけど、新大阪駅で新幹線に乗るなり、いきなりビールをプシュッと開けて、ぐぐぅっと飲んで、「おいしい〜!」としみじみと言っていたのを覚えている。オマエもか....笑



大阪万博



京都国際会館


それで、今回は仕事がうまくいったからねー


絶対ビールだ!


って思ったんですけど....


三連休で新幹線は満員...


指定席をとれず、自由席になったのでビールはあきらめました。






7月7日(日)

環世界




山から戻ってきた。


作業が工程通り順調に進んだこともあって、山での生活は、東京の生活とはまったく異なる時間のながれであった。


東京にいた頃は朝8時30分に会社に行って夜10時過ぎに会社を出て、途中カフェで1時間くらい本を読むか、勉強して家に帰る。睡眠は6時間より短くなると昼間眠たくなるので6時間と決めていた。


対して、山での生活は朝8時に工場に行って作業をして、トラブルがなければ夕方6時頃に帰る。


寮に戻ってから寝るまでにまだまだ時間がある!


って、わくわくして、中国語の勉強がてら、Google翻訳と日中辞典を駆使して文章をつくって、以前の会社にいた中国人の同僚にLINEで送ってみる。


今星期〜 ❌
这星期〜 ⭕️


と添削されて返ってきて凹む。


それでも、まだまだ時間がある!


「時間があるぞー!」ってわくわくするのだけど、なんだかすごく眠たくなってきて、夜の11時には寝落ちして、朝の7時まで、まるまる8時間ぐっすり寝てしまった。


毎日がこんな感じ。


これは一体どういうことなんだろう?


哲学者の國分功一郎さんがよく引き合いに出すユクスキュルの環世界のような感じかな。


ユクスキュルの研究は「すべての生物は別々の時間と空間を生きている!」ことを示している。ダニは「酪酸のにおい」や「摂氏37度の温度」といったシグナルからなる環世界を生き、光も音も感じない。それはダニだけではなくおのおのの生物ごとにそうなのであり、「動物はそれぞれの環世界をもっている」


同じ人間でも、都市に住む人間と山に住む人間とでは、それぞれ別の環世界をもっている。時間と空間を形成するシグナルが違うのではないか?


なんて小難しいことをつぶやいてみたが、


要するに山ではよく寝たのであった。





ameblo.jp


生物から見た世界 (岩波文庫)

生物から見た世界 (岩波文庫)






 

 

 

 

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 阪根Jr.タイガース

 

 

 

 阪根タイガース

 

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6月29日(土)

山の工場



満員電車にゆられて会社に行って、夜遅くまで働いてクタクタになって酔っ払いを横目に家路につく。



会社へ その1


会社へ その2


会社から その1


会社から その2


あれ? 満員電車よ!いずこへ???




同僚と飲みに行った帰りにホタルを見ました。




ゴールデンウィーク明けから6月上旬がホタルのシーズンらしく、今週はちらほらとしかいませんでした。が、そもそも


ホタルを観れるとは思っていなかったよ!


山の工場には来週まで滞在。





6月23日(日)

18.3%でした。



まだ住むところは決めてないけど、ジムは会社の近くのところに決めました。



恒例の体力測定!


ある程度覚悟はしていたものの現実は厳しい。


18.3%か....


やっぱりコンスタントに運動をして、体をつくっていかないといけませんねー。


でも、レッスンをやってる先生に「筋肉量60kgは、けっこう多いほうですよ」って褒めてもらいました。


はい、褒められると伸びるタイプです!


がんばりまーす!!!





6月16日(日)

甲府に行きました。



大学の同期と東京お別れ会。


初めは高尾山のビアガーデンに行こうかーって話していて、僕が夜にまた新幹線で移動するから早めに出発しようぜと言ったら、じゃ、もう新宿からの電車のなかで飲んじゃおうってなって、京王線でそれはさすがにマズいでしょってなって...


なら、特急列車に乗って日帰りできるところに行こうぜってことで、


いざ甲府


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昨日とは打って変わって今年一番の天気。甲府駅から歩けるキョリに観光スポットがけっこうあって、いや〜、ひっさしぶりにベタな観光したわー。天気もよくて、人ごみもなくて、


すっごく気持ちよかったー


散策して


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ワインを飲んで



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地鶏とほうとうと信玄ソフトを食べて



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大満足!



気持ちよく東京(関東)にバイバイできました。



みんな、ありがとねー!!




6月9日(日)

ありがとうございました。



4年間通ったジムも今日がラスト。


お世話になったインストラクターの先生たちにごあいさつ。


きょうは4本のレッスンに参加して、もうへとへと....


すべてを出し切った!


ここに引越してくる前もジムには行っていたのだけど、プールとランニングマシンしか使っていなかった。


ここはスタジオがジムから見えるので、なんだか楽しそうだなーって思って参加してみたら、そのとおりで、楽しかったので今日まで続けることができた。


特によかったのが、筋トレ系のレッスン。


ジムでマシンを使って筋トレをやる場合は、自分でメニューを作ったり、レベルを調整しないといけないのだけど面倒で、ハードルが高くて続かなかった。


それがレッスンの場合は、先生たちがメニューを考えてくれるので、自分で考えなくても全身を満遍なく鍛えられ、筋トレを習慣化できた。


あとマーシャル系のエクササイズも汗をたくさんかけたのでよかった。ランニングやプールといった有酸素運動は自分で運動量をコントロールするのが難しい。すぐにしんどくなるので妥協して軽く流したり、逆にオーバーワークになってしまったり。


それがレッスンの場合は、毎週変わらず一定量の運動を行い、汗をかけたので体重のコントロールがやりやすかった。


2年前、平日も仕事帰りにジムに通っていたころは、体脂肪率を12%までしぼれた。去年は、仕事が忙しすぎて、日曜日しかジムに行けなかったのでリバウンドしたけれど、どれくらいの運動をすれば、自分のベストの体を維持できるのかは分かった。


新天地でもジムは続けよう。


さてさて、今日はここでの最後のレッスンだったのだけど、最後に流れた曲。


アレサ・フランクリン「A Natural Woman」


いい曲なので聴き入ってしまった。


長い間、ありがとうございました!



Aretha Franklin (You Make Me Feel Like) A Natural Woman - Kennedy Center Honors 2015





6月8日(土)

Go West !!



よく通ったトンカツ屋とカフェの店主にごあいさつ。


東京のアパートは、業者を呼ばないと回収してもらえない家電と家具以外は何もなくなった。


かと言って、そう広くなったと感じるわけでもなく、また物がなくて困るような感じもない。


東京での生活は、会社と家の行き来で毎日がほぼほぼ完結していたことを、いま、改めて想う。


西へ


今週は、次の仕事の基礎知識を整備したり、新天地で中国語の勉強を再開する道を探ったり。


ちなみに新幹線でよく聴く曲 ナンバーツーは、ペット・ショップ・ボーイズ『Go West』なのだけど、彼らのうちのキーボードをやってるほうが、もともと建築をやっていたということで、「オレと同じだ!」と自分を重ねて聴いたりするのだけど、それはどうでもよくて、新幹線で聴きながら、いまさらながら、ふと気がついた。


『Go West』って『Canon』 をサンプリングして、ディスコ風にアレンジしたのかなー。



Pet Shop Boys - Go West



Pet Shop Boys Karaoke - Go west



Pachelbel Canon en Re Mayor-RTVE (Adrian leaper) Orquesta sinfonica Navidad 2008





6月1日(土)

アウエー




きのう最終の新幹線で東京に戻ってきて、品川から山手線に乗った時のアウエー感たるや...


金曜日の夜ということもあるけれど、人の混みようとその立ち居振る舞いにさっそく違和感。じぶんじしんが他の土地で生活しはじめて、もう東京では営みをしていないので、今まで一体化していた東京の街がじぶんから遊離してよそ者の土地に見える。


地方の土地に馴染むのに戸惑いつつも、もう東京とも馴染まなくなっている自分の変化に気づいたのだった。


ちなみに新幹線でよく聴くのはスーパーつながりで、駆け抜ける感つながりで


スーパーカー



SUPERCAR 『White Surf style 5. from DVD「LAST LIVE 完全版」』






 

 

 

 

 2019年5月日記Z

 

 

 

 阪根Jr.タイガース

 

 

 

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5月26日(日)

特大のホームラン




きのうは久しぶりの野球観戦。


まけほー


きょうは中谷選手の特大のホームランを観てこころがスカッとした。



「あれは、ええ時の中谷選手の打球の上がり方やなー」


きのうは犠牲フライも打てなかったのに、人間というのは、たった1日でこれほど成長するものなのか。大したものだ。


がんばれ!






いろいろ準備。


次は東京を離れて地方での仕事になりそうだ。


東京での生活に未練はあるけれど、東京の環境に甘えてここまでズルズルときてしまった。仕事もプライベートもチャンスを活かしきれなかったように思う。


心機一転


新しい環境で


がんばろう!





5月19日(日)

韓国語



今週は下北沢に演劇をちょいちょい観にいって、デイビッド・リンチや林芙美子についてあれこれ想ったり、そして、ジム通いと韓国語の勉強。


そうそう、今週は中国語を一休みして、韓国語の勉強をしてみた。


とは言っても、そこまで深く勉強する余裕はないので「せめてハングルが読めるようになりたい!」ということで初歩の初歩だけ勉強してみた。


ただ、これだけでもけっこう面白い。


韓国語:母音21個(基本母音10個+複合母音11個)子音19個

中国語:母音36個(基本母音7個+複合母音13個+鼻母音16個)子音21個

日本語:母音5個 子音16個


韓国語も中国語と同様に、日本語よりも音が多いという印象だけど、中国語とはまた違った音の広がりを見せている。感覚的には韓国語は日本語に近いなーって思うけど、ところどころ中国語の発音に近いものもある。



これの右から2つ目の「ウ」は、口を「イ」のかたちにして「ウ」の音を出すとテキストに書いてある。これは日本語にはなくて中国語の音に近い。中国語で数字の4を「スー」って言うけれど、あれがそうで拼音で「si」と表記されるように、口を「イ」のかたちにして「ウ」の音を出す。


あと逆に中国語にない音もあって、それが口をすぼめる「ん(m)」で、中国語には「ん」がふたつあって、それは日本語でいう「案内(an nai)」のときの「ん」と「案外(an gai)」のときの「ん」。要するに口を閉じる「ん」口を閉じない「ん」がある。韓国語の場合はさらに「難波(nam ba)」の「ん」、つまり口をすぼめる「ん」がある。韓国語の場合は、この3つを意識的に使い分けている。


こういった違いを紐解きながら勉強すると、日本語とルーツの全く異なる英語の勉強と違って、中国語や韓国語は日本語との共通点があって面白いし、逆にまったく違っている点もあったりして、そういった発見がなかなか面白いです。はい。


あ、あと、韓国語は音声に特化した言語だからだろうか、英語と同じようにリエゾンがあったりする。





ハングルに慣れるために街中でハングル探しをしていたら電車の表示にはかなりの確率で出てくるなー



これはネットで探したからバスの表示だけど、地下鉄の銀座線でも出てきたよ。表参道をハングルで書いたらなんだかすげぇーなげーなー


あとこんなのも



京急かな?

普通の行き先は新逗子で、快特三崎口かな...




そういえば、僕よりも一足先に韓国語を勉強しはじめた知人は、自分でハングル練習アプリとか作ってる...




僕なんかいまだに文房具屋で単語カードを買ってきて愛用しているのに、もうこういう時代なのか..... 最近の灘中や開成の生徒なんかも、こんな感じなのかなー 汗。。。





5月11日(土)

李姉妹の中国語



先週に引き続き、ジム通いと中国語の勉強。


YouTubeで、李姉妹という子たちが中国語を勉強するコンテンツをたくさん配信しているのだけど、この子たちがすっごく優秀!!



【中国語初級】マスター必須!四声の区別


おそらく試験的に配信し始めて、視聴回数が増えてきたので、今ではYouTubeのロケ班や映像編集チームがついているんじゃないかと思うのだけど、その展開の仕方がすごく頭いい。


初めは中国語あるあるネタや中国語学習の小ネタが多かったのだけど、視聴回数が増えてきて、ニーズがあると判断したら、自分たちで中国の子供用の教材等を取り寄せて、中国語の学習方法や教え方を研究して、これまでの単発ではなく、シリーズものの中国語学習コンテンツを新たに立ち上げてスタートした。


当初からビジネスライクだったのかもしれないけれど、あまりビジネスビジネスした感じが前面には出ていないし、観る方も楽しみながら中国語を勉強できるので重宝している。


すごくいい感じ!


李姉妹をみていて、「中国の優秀な人というのはこういう感じだよな」ってつくづく思う。展開のスピードが速く、絶えず改善して、物事を極めようという姿勢が常に感じられる。彼女たちでいえば、中国語学習のYouTubeコンテンツとしてシェアNo.1を獲ろうというやる気とその行動力が見て取れる。




中国・韓国・日本を比較した時、中国人と韓国人は「何かを極めよう」という志向性が強いのに対して、日本人はなんかぬるい感じがする。学問やスポーツ、そしてビジネスにおいても。


この違いは何なんだろう?


って、以前から思っている。


中国と韓国は儒教の影響下にあり、対して日本は仏教の影響が強い


その違いかなーって思ったりする。


しかし、儒教の教えの代表的なものに「中庸」というのがあって、これは極めるというよりもバランスを重要視するという感じだから、なんかちょっとイメージとは異なる。


また、同じ儒教の影響下であっても中国と韓国は違っていて、韓国人の場合は、外的要因によって自らを動かそうとする、極めようとするのに対して、中国人の場合は、内的要因、内から湧く力によって動こうとする傾向がある。




学生時代に韓国に留学していた演出家の平田オリザさんが言っていたけれど、


「韓国は儒教の影響で、一家の長、あるいは組織の長の権力がものすごく強い。わかりやすく言えば、お父さんや社長は威張っており、みんなはそれに従順に従う」


のだと。しかし、これには裏の意味があって、


「たしかに、長は絶対的な権力を持っているのだけど、そのかわり失敗したら総スカンを食らって、落ちるところまで落ちてしまう」


のだと。


事実、韓国のスポーツ選手は勝てば英雄、負ければ戦犯扱いという感じだし、大統領のスキャンダル後の潰し方とかえげつないよね。だからこそ、韓国人は物事を極めようとする。失敗するのが物凄く怖いから、物事を極めようとするのではないか。


一方、中国人の場合は、やはり科挙体制の影響じゃないかと思う。科挙の試験というのは今では考えられないほどの難しさで、勉強する範囲も広範に及ぶし、70歳を超えてやっと受かったなんて人もいるくらいで、受かるか受からないかで一家の扱いがまったく変わってしまうので、これはもう想像を絶するような受験地獄だよね。


だからこそ、中国人には、物事を極めようとする気質、神童や天才を崇める風習がいまでも残っているのではないか。


そんなことを考えつつ、けっこう楽しく中国語を勉強している。




あ、そうそう


李姉妹のYouTubeで一番ヒットしたのが、「歌で学ぶ中国語!おすすめ紹介!」という動画。



歌で学ぶ中国語!おすすめ紹介!


中国語は、基本的に入門書レベルのテキストで勉強しているのだけど、こればかりやっていると飽きちゃうんだよね。例文とかつまらないから。かと言って、人民日報とかのアプリをダウンロードして読もうとしても、まだちんぷんかんぷんで全然読めないしピンとこない。


そこで歌はどうかと思ったのだけど、これがすごくいい!


李姉妹が言う通りで、


「歌を聴きながらリスニングの練習になるし、あとは歌詞を覚えることで、表現や単語を覚えられて、すごく勉強になる」


彼女らに教えられるがままに曲をセレクトして、YouTubeで動画を探したら、簡体字の歌詞と拼音(ピンイン、声調)までちゃんと出てくるものがあった!



すごくいい感じ!!




田馥甄 Hebe Tien [小幸运] Lyrics Chinese | Pinyin | English (Simplified mandarin version)






5月4日(土)

卓球選手の国際感覚



連休中毎日ジムに行って健康状態が上がってきたけど、ちょっと疲れが出たので今日はジムをお休み。それから中国語も毎日勉強するようにしていて、こちらもそこそこ成果がでてきた。


なんとか「我 是 日本人( wo shi ri ben ren )」も聴き取ってもらえるようになってきたし、


「zh(i) ch(i) sh(i) 」と「j(i) q(i) x(i)」

「r(i)」と「l(i)」

「an」と「ang」


の発音の区別も聴き取ってもらえるようになってきた。


よし!




あっ、そう言えば、このまえ、宇多田ヒカルが「令和」について、こんなツイートをしていた。




ホントその通りで、日本語って「R」「L」の発音の区別がないし、舌の動きをほとんど使わないから、英語や中国語の発音に慣れるのが大変。舌を反り上げたり、前後したり、あごを引いたり、アクセントやトーンを気にしたりなんて普段やってないから、とにかく疲れるわ...


そういう意味で、中国語は英語に近いと思う。ただ、英語は文字に意味がなく、音声に特化した状態でシステム化しているから、文法のルールが細かい。対して中国語は、文字が意味を持っていることを前提にシステム化しているから、文法のルールが英語ほど細々してない。


英語は、受験勉強の影響で嫌いになったというのが大きいけれど、そもそも、一般大衆に使われる言語として、ルールが細かすぎるわ。中国語ぐらいアバウトでええんちゃう。中国語の難しい文章をまだ読んでないから、はっきりとは言えへんけど...


ま、想像するに、英語は「相手に物事が伝わらない」ということを前提としてシステム化していった言語であるのに対して、中国語は「相手に物事がちゃんと伝わる」ということが前提としてあり、その上でシステム化された言語であるといったところかな。


あと余談だけど、中国語の文章って、文字がシステマティックにグリッドに敷きつめられていて、なんだかラピュタっぽい。








それはさておき、中国語を勉強するための素材をYouTubeで探していたら、福原愛ちゃんのインタビューがすっごくたくさん出てきてビックリ!


中国語圏での福原愛の人気は絶大だね!




《魯豫有約》福原愛.賽場有悔人生無憾(三) 20190516




愛ちゃんは、中国語がペラペラで愛嬌があるから、インタビューもしやすそう。それに彼女の生い立ちが、中国の人にすごく共感されているみたい。


中国って天才少女・少年を求める文化があって、上海に行った時にテレビをつけたら、少年・少女がすっごい暗算能力を競っている番組をやってた。それに、能力が長けている人を讃えるということでいえば、素人が歌唱力を競う番組がめっちゃ多かった。


これって、科挙の伝統が生み出した文化なのかなー


あ、あと愛ちゃんの人気の理由のひとつに、名前がいいっていうのもあるんじゃないかなー


福原 爱 ( Fu yuan Ai )


って中国語読みでも読みやすいし、「幸福 (xingfu)」とか「原来 (yuanlai)」とか「爱 (ai)」とか、恋愛ドラマやラブソングによく出てくる単語を名前からイメージできるので、そういう意味でも共感されやすいのだと思う。


そうそう、卓球でいえば、愛ちゃんだけじゃなくて、


石川佳純選手も中国語がすっごくうまい!



【字幕あり】丁寧選手と石川佳純選手の合同中国語インタビュー


これだけ聴き取れるってすごいよ!


卓球選手の国際感覚は、とても興味深い!!







 

 

 

 

 2019年4月日記Z

 

 

 

 阪根Jr.タイガース

 

 

 

 阪根タイガース

 

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4月28日(日)

ジムと中国語



《タイガース》対中日@ナゴヤドーム
4対2で勝利。接戦のまま終盤にもつれ込んで僅差での勝利。地味な戦い方だが後ろの投手が強いタイガースだからこそできる勝ち方。自分たちの強み(相手チームが嫌がっていること)を理解し、ゲームの流れを読みながら、個々人がやるべきことをイメージできるようになってきたのではないか。このような勝ちを1つでも多く拾ってもらいたい。僕もタイガースを見習おう。




ゴールデンウィークは遠出できないので、ジムのトレーニングで身体を整え、そして引き続き中国語の勉強。いずれ韓国語も勉強したいけど、まずは中国語。


NHKのテレビに出ている女の子は日に日に発音がよくなっている(たぶん番組の収録以外でけっこう練習している)のに、僕は「私は日本人です」という簡単なフレーズでさえ、まだ聞き取ってもらえない。家早南友。




2018.05.15 テレビで中国語



がんばろう!






4月21日(日)

ゲシュタルト崩壊



今日、マラソン好きの同僚はウルトラマラソンで100km走り、阪神ファンの同僚はストレス解消のため早々と飲みに行った。


そして僕はジムのレッスンに出て、今週2回走った(計16km)。いい感じだ。昨年は仕事が忙しくてほとんどトレーニングできず、体がガタガタになっているので、今年はジムに通って立て直したい。






2019 上海家電博



先月、仕事で上海に行ったとき、中国語を話すのは無理でも読むのは大丈夫だろうと思っていたのに、予想外に読めなかったので、いまさらながら中国語の勉強を始めた。昨年はじぶんの時間がまったく取れなかったので、今年はじぶんのために時間を取って、体づくりにプラスして語学の勉強もしようと思っている。


まずは全然読めなかった簡体字というのを勉強してやろうと思って、本屋さんで簡体字ドリルを買ってきた。さっそく書く練習をはじめたのだけど、これがなかなかショッキングな体験だ。





なんじゃ、これ???


いや〜、こりゃねーだろ


「飛」のなかみをとっちゃったら重心の位置がくるって、飛行機だって墜落しちゃうよー 汗。。。


こんなにバランスの悪い字、気持ち悪くて書けねーよー!!!




ゲシュタルト崩壊



ってな感じで、今まで正しいと思っていたことがことごとく覆されるようで、頭の認識構造がおかしくなりそうだわ....






それはともかく、簡体字の誕生についてウィキペディアで調べてみると以下のとおりである。


中華人民共和国が建国された3年後の1952年、簡略字体の議論を受けて、漢字研究の機関として「中国文字改革研究委員会」が設立された。1954年に憲法が制定され、政務院が改組されるなど新体制への変化の中で、中国文字研究改革委員会も中国文字改革委員会に改名し、1955年に『漢字簡化方案草案』を発表した。翌年の1956年1月、この草案を基に『漢字簡化方案』(簡:汉字简化方案)が国務院より公布され、514字の簡体字と54の簡略化された偏や旁が採用された。数年の使用実験を経て、簡化字は1959年までの4度改訂公布され、1964年に『簡化字総表』にまとめられた。


なるほど、簡体字の誕生は政治体制が変わったタイミングだから、その所以は、


(1) 過去との断絶

(2) 効率化


と言えるし、その発生は、近代化の文脈とほとんど同じと考えてよさそうだ。


この文脈をうけて、日本の漢字を使いなれた僕が、簡体字から受けた違和感を例えるならば、イメージ的には、ゴテゴテしたニューヨークの街並みになれた人が、いきなりシカゴの軽快な街並みを見てびっくりするというのに近いのではなかろうか。




ニューヨークの街並み



シカゴの街並み



ヨーロッパの古典主義を信奉して継承しようとしたニューヨークに対して、古典主義とは異なる、新たな理念「形態は機能に従う(Form Follows Function)」のもとに、新たな街を創り上げようとしたシカゴ派の先人たちの活動と簡体字の誕生は通じている。


この図式で考えれば、


古典的なスタイルを引きずっている日本ニューヨーク

割り切って効率を求めた中国シカゴ


となるだろう。


ちなみに、韓国は漢字をほとんど使わず、日本のひらがなに相当するハングルだけを普及させるという新たな文化的様相を立ち上げたから、ニューヨークに対するロサンゼルスのような位置づけだろうか。


以上をまとめるとこうなる。





中国語の勉強を通じて、中国・韓国・日本の東アジア文化について思考を巡らせるとなかなか面白いことになりそうだ。


俄然やる気が湧いてきた!


がんばろう!






ちなみに、だんだん簡体字にも慣れてきて、だんだん日本の漢字を書くのが面倒くさくなってきて、ちょいちょい簡体字を使うようになってきた。じっさい慣れれば大して気にならない(笑)


それに、ニューヨークとシカゴの街並みの違いを示そうと思って、ググって写真を探したのだけど、ぶっちゃけて言うと、ニューヨークもシカゴも今はもうほとんど変わんないね。それに上海だって、もう大して変わんないよね!




ニューヨークの夜景



シカゴの夜景



上海の夜景






4月14日(日)

きのうは風邪気味だったので静かに過ごす。きょうもゴルフの朝練に行ったあとは無理をせずゆっくり過ごす。






ところで、



クック・ロビンをだれがころしたのか?



が気になったので読んでいる。




だれがころしたクック・ロビン?

「それはわたし」とスズメが言った。

「わたしの弓と矢で クック・ロビンをころしたの」



???



↓↓↓↓↓





Who Killed Cock Robin






4月7日(日)


動きやすい季節になってきたので、土日はゴルフ練習場とジムでトレーニング。よく動いた。最後ちょっとハリキリすぎて足を痛めたけれど、明日からまたふつうに仕事なので、過度な運動をせずに過ごせば2,3日で回復するだろう。








ところで、



クック・ロビンをだれがころしたのか?



が気になったので読んでいる。



しかし、謎は深まるばかりだ。




Au Revoir Simone - "A Violent Yet Flammable World" (Twin Peaks 2017)







 

 

 

 

 2019年3月日記Z

 

 

 

 阪根Jr.タイガース

 

 

 

 阪根タイガース

 

2019年3月日記Z

3月31日(日)

仕事帰りの落語






昨日は仕事帰りに落語に行きました。


仕事帰りにふらっと映画を観たり、落語を聴いたりというのをずうっとやりたいと思っていたのですが、これがなかなか叶わぬ夢でありまして、それが昨日ようやっと叶ったのであります。


仕事のほうはちょっとトラブルがあって予定よりも早く切り上げたのですが、それはよいとして、会社を出て新宿にふらりと寄って落語を聴いたのであります。


落語というても末広亭のほうではのうて、夏葉亭一門会っていうほうで、普段は演劇の舞台に立っている俳優さんや女優さんが落語をするという会であります。


これがなかなかようて、毎回ではないですけれど、ちょいちょい行ってます。




昨日はやっぱりあれですな、マクラは元号にちなんだ噺なんかから入るんですな。「新元号はなんでしょう?」なんて話題はどこの職場でもされていて、みんな好き勝手に予想しているわけですけど、インターネットなんかみても、それがなんだか大喜利みたいなノリになってますなと。たしかに、たしかに…


例えば、面白そうなものをあげますと、「石の上にも」なんてのがありますなー。「石の上にも三年」、ま、三年まではええですけど、それ以上はなかなかつらいものがありますなー。ほかには「余命」なんてのもありますなー。「余命一年、余命二年、余命三年」、余命がどんどん延びていってめでたいやないですかーって、ま、そりゃめでたいわな。


それから渋谷の女子高生にアンケートを取ったらしいですわ。そしたら、なんと11位に「タピオカ」ってのが入ってましてな、ま、「高輪ゲートウェイ」って国電の駅名にも横文字が入る時代ですから、元号が横文字でもええんちゃいますか。「タピオカ元年」とか、もう何がなんだかわからないカオスな感じが、いまの時代を象徴していてええやないですか!


ってな感じで、うまいこと話をすすめながら、元号ってのは江戸時代なんかはしょっちゅう変えてたらしいですよって、なんでも元号が変わると運気が変わる」っていうんで、なにか嫌なことがあると、元号を変えたらしいんですよ。いやいや、これは風水の先生もおっしゃっていたんで本当らしいですよ。


なんて「運気が変わる」という話を振っといて、本題の『死神』の噺へと入っていくんですな。なかなかうまいもんですわ。



https://www.youtube.com/watch?v=S3e8ffD1Swo
【死神】 立川談志



落語の面白いところは、マクラから本題に入るところ、これは聴いとるほうも頭を働かしていて、「どっからどの本題に入るかな?」って思いながら聴いていて、本題に入った瞬間に「おっ、入った、気づかなかったよ、やるじゃないか!」なんて感心して、噺に乗りながら、笑いどころは笑うだけ笑ろうて、あとはサゲというか、どうやって落とすかなと。そろそろかなって思いつつ、こちらもどう落とそうかなんて考えながら、「ええっ!」ってな感じで落とされる。


これはなんというか、一種のボケ防止としていいんじゃないかって思いますな。頭が本能的に反応するといういいますかね。ゴルフをボケ防止のためにやっているという人はよくいますけど、あれと同じですな。


なんでもきっかけがないとはじまらないもので、人と会うにしても、運動するにしても、きっかけがないとやらない。人と会うなんて飲みに行くか冠婚葬祭くらいしかないわけだから、さらに体を動かすなんてプラスαもあれば、そりゃもう、ゴルフは年配の方々にとってはいいコミュニケーションツールな訳ですよ。


それにゴルフってのは自分のなかの炎といいますか、ルーティーで成り立っているスポーツで、そのルーティーンが消えてしまうと打てなくなってしまうんですな。逆に言えば、ルーティンが息づいている間はプレーができて、「今日はドライバーがよかった」やら、「ロングパットが入った」やらで、「やったー!」なんてはしゃぎながらボケ防止をしとる訳ですわ。なんとも健康でよろしいやないですかー


ま、


ゴルフや落語じたいが、死ぬ前の予行演習みたいなもんですけどな


合掌




なかなかラウンドには行けないけれど、練習は続けるべし






3月24日(日)

イチローロス



先週帰国して日常を取り戻しつつあるのだが、まだちょっと体が重い。今日は運動する日と決めていたから、朝にランニングして、ジムの夕方のレッスンにも出る予定だったけど、朝のランニングで体の動きが悪かったので、夕方のレッスンはキャンセル。無理をせず、徐々に高めてゆこう。




時をかけ抜けたイチロー選手の引退が、同世代の僕にとって思った以上にショックだったようで、自分の中に何か大きな穴がぽっかり空いてしまったような気分だ。


イチローロス


ってやつか....


ま、それだけではないと思うのだけど、今年の春はいつにもまして寂しい気持ちになる。


春なのに



柏原芳恵 春なのに



作家の中森明夫さんが以前『春なのに』について語っていたことをふと思い出す。


柏原芳恵『春なのに』は中島みゆきの作詞作曲だが、中島が唄うのと微妙に違う。若き日の柏原にとって春は出会いの季節であり、ゆえに「春なのにお別れですか」の歌詞が響く。対して中島みゆきの歌声には既に別れの季節としての春を知った者の苦味がある。春は別れと出会いの相反する季節なのだ



目をつむって聴きくらべてみると、芳恵ちゃんのうたは “春” が余韻として残るのに対して、中島みゆきさんのうたは “なのに” が余韻として残る。




中島みゆき 春なのに



衰えを知らないと思われたイチロー選手であっても、衰えるときがくる。


どんなに努力をしても、報われないときがある。



たかが人生 されど人生



がんばろう






3月21日(祝)

春なのに



2001年、イチロー選手がメジャーに挑戦し、首位打者を獲得したシーズンは今でもよく覚えている。


so excited


あのシーズンをリアルタイムで見守ることができたのは、野球ファンの僕にとっても貴重な財産だ。



イチロー選手 お疲れ様でした!!








2001 イチローが語る162試合 1



2001 イチローが語る162試合 2



2001 イチローが語る162試合 3



2001 イチローが語る162試合 4






3月9日(土)

タナパー



本屋をぷらぷら歩いていたら、めずらしいタイプの本がオススメ本コーナーに並んでいた。





建築家のスケッチ集で、「よく描けてるなー」って思って著者をみたら、田中智之さんの本だった。



階段空間の解体新書

階段空間の解体新書



村上春樹は『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の主人公の人物造形をリサーチ不足で失敗していたけど、本当は田中さんのような設計士をイメージしていたのだと思う。多崎つくると違って、田中智之が駅に行けばスケッチ描くよ。ほら、新宿駅のスケッチもちゃんと描いてる!





僕は早稲田の学生ではなかったけれど、僕が通っていた理科大から早稲田は近かったので、ちょいちょい遊びに行っていて、研究会"等"でお世話になった。田中さんは地味で、丹下健三隈研吾のようなスターダムの人ではなかったけれど、職人肌でいい仕事をする人という印象がある。


田中智之さんは、先に紹介したエーロ・サーリネンの弟子の穂積信夫先生の門下生で、僕よりも少し上の世代の建築家だ。穂積先生やプリンスホテルなどの仕事をされていた池原義郎先生が教えていた頃のワセダの学生というのは、とにかく図面を描く力が突出していた。


これはコンピュータ(CAD)が普及する以前の学生全般に言えることかもしれないが、この世代の人たちは図面を描く能力や空間を把握する能力が非常に高い。僕が師事した渡辺明先生の事務所の番頭さんも田中さんと同じ世代の方だったけど、手書きパースや矩計図をサクサク描いていた。




渡辺明『洛陽荘』



僕が学生だったころからCADが普及してきて、手書きで図面を描くことはなくなったし、図面を描かないでCGばかりやるような連中も出てきた。そのおかげで三次元曲面など新たな空間を創造できるようになったけど、逆に空間把握力は弱くなったように思う。


今の建築学生はどうなのだろう? CADもCGもやらないで、Pythonとか覚えて自動生成プログラムで空間をつくったりしているのだろうか。






僕は建築をやめて家電製品の開発をやっている。ソフト開発は建築よりも家電のほうが進んでいる。今の職場にも自動生成プログラムをつくって問題を解決するような面白いエンジニアがいる。けど、その辺は僕もついていけないのでひとまず置いといて、田中さんの本を読んで思ったのは、最近『メモの魔力』という本がはやっているように、「メモの取り方」(スケッチの描き方)というテーマについてだ。


メモの魔力 The Magic of Memos (NewsPicks Book)

メモの魔力 The Magic of Memos (NewsPicks Book)


この本は、本屋でパラパラっと立ち読みした程度だけど、メモ(スケッチ)のポイントって要するに「スケール感覚と、あとは、どこを観るか、どこを聴くか」だと思う。


田中さんのパースは有名で、コンペのたびに早稲田の研究室の作品にはフリーハンドの手描きのパースが出てきて、「ああ、これは田中さんが描いたんだなー」ってすぐにわかって、いまでは“タナパー”命名されるまでになったようだけど、彼はパースやスケッチだけではなく手帳も印象的で、手帳のマスに細かい文字が絶妙のプロポーションでピシッと埋められていたのをよく覚えている。


手帳のエピソードは田中さんのスケール感覚が優れている一例だけど、彼のパースをみてもわかるように、トレーニングされた建築家は空間を観たときにスケール(寸法)がスパッと入る。手すりの高さやパイプの径、階段の踏面や蹴上の寸法をさっと把握する。


これは建築業界だけの話ではなく、いま開発している家電製品のエンジニアも同様で、特にメカ(ハード系)の人はスケール感覚が優れている。家電製品って建築よりももっと細かいというかギリギリで納めているから、寸法感覚がないとモノづくりはできないよね。






あと、《どこを観るか》について


建築家が、空間を把握する際にどこを観ているかと言えば、《ジョイント》だ。例えば、部屋を観るならば、床・壁・天井の取り合い。つまり〈床と壁〉〈壁と天井〉のジョイント部分だ。




渡辺明『洛陽荘』



僕が担当した現場ではないけれど、今は雑誌しか手元に資料がないので悪しからず。これは床柱の納まりで、ここは様々な要素がぶつかっている。柱・框・畳・腰壁,etc. それらをどのように納めるか、そこにデザインが発生する(建築にもいろいろあっていわゆる現代建築では巾木も廻縁もカットしてドン付けとか平気でやるのでデザインの意識も人によって全然違う)。建築家というのはこういう所を原寸で起こしながら、しこしこデザインする地味な生業で、そしてそれらの積み重ね、結果として人々を魅了する空間を立ち上げてゆく。




渡辺明『洛陽荘』



田中さんのスケッチからもジョイントの意識がはっきりと読み取れるし、彼が新宿駅を面白いというのも様々な異なる要素がぶつかりあっているからだ。異なるものがぶつかればぶつかるほどデザインのポテンシャルが高まるという訳だ。



建築現場が大工・左官・金物職人・石工,etc. 色んな職種の職人が集うのと同様に家電製品の開発現場も面白くて、プロジェクトはメカチーム、電気チーム、ソフトチームが日々衝突しながら、お互いに切磋琢磨してひとつの製品を創りあげてゆく。





まだまだ道のりは長く、先のことはわからない



そして、なんと明日から上海だ!



さぁ、がんばろー






3月2日(土)

TWAターミナル




ニューヨーク・JFK国際空港のTWAターミナルが、ホテルとして開業するらしい。





泊まってみたい!



しっかし、遠いなー



自分がかつて建築をやっていたことを忘れつつある今日この頃なのだが、以前、村上春樹になりすまして、TWAターミナルについて語ったことがある。ちょっと意地悪な書きっぷりだけど、友だちには評判のいい文章だった。



チェケラ!


村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』






 

 

 


 

 

 

 

 2019年2月日記Z

 

 

 

 阪根Jr.タイガース

 

 

 

 阪根タイガース

 

日記Z 2019年2月

2月23日(土)

やれやれ



ようやく休み。朝は爆睡、昼過ぎから掃除と洗濯、少しずつ動き出す。


正月休みの頃から、ちびちびと音楽関連の本を読みつないでいるのだけど、ビートルズの『ラバー・ソウル』というアルバムの評価が皆一様に高いので聴いている。




Norwegian Wood (This Bird Has Flown)



よい ♪



大学に入ったころ、ちょっとだけサークルに入っていた時期があって、そこの先輩だったか、「ベスト盤なんか聴いてたらダメだよ。ちゃんとアルバムを聴かなきゃ」って言われた。その時に聴いていたのはスティングか誰かのベスト盤だったと思うけど、「なるほど、確かにベスト盤を聴いてたらモグリっぽいけど、アルバムを聴いてたら音楽通って感じでカッコいい!」ってことでベスト盤なんか買わないでアルバムを買うようになったのだけど、サビでぐっとくる曲以外の曲をだらだら聴くのはなかなかつらいものがあって、というか今でもそうで、アルバムを最初から最後まで聴くというのは結局習慣化しなかった。


それがなんだか、この「ラバー・ソウル」というアルバムは確かに最初から最後までちゃんと聴ける。これといった曲がある訳ではないけれど、バリエーションに富んだ楽曲で構成されていて飽きないし、自然に聴き流してうとうとしているうちに気がついたら終わってるという感じ。


ふ〜ん、音楽ってこうやって聴けるんだー



さらに本を読み進めると興味深いのは、この頃のビートルズ、『ラバー・ソウル』(1965)『レヴォルバー』(1966)『サージェント・ペパーズ』(1967)を続けてリリースした時代のビートルズが、当時アメリカ西海岸で勃興しつつあったカルチャーと通じていたということだ。



1950年代から1960年代初頭にかけて、アメリカ経済の堅調さの影響下、世界的な好景気が到来し、それが中産階級層の増大をもたらしたが、反面生活様式の画一化が促進されていった。そんななかで育ったベビーブーマーの一部は、その画一的なライフスタイルを嫌い、体制への反抗姿勢を行動に移し始めていた。それらのムーヴメントの根底にあったのは、ベトナム戦争の泥沼化への危機感だった。

1963年、ケネディ大統領時代にベトナムに介入したアメリカは、1965年ジョンソン大統領時代に本格的に軍事介入したが、戦争の長期化による膨大な戦費がアメリカに赤字財政をもたらし、インフレがアメリカの経済環境を悪化させていた。さらにメディアが、この悲惨な戦争の様子を家庭に放送したことで、アメリカ国内でのベトナム戦争反対運動が巻き起こり、多くの若者が徴兵を拒否してアメリカから出国し、カナダ、メキシコ、スウェーデンなどへ逃亡し始めた。同時に、アメリカ国内を逃げ回った若者も多かった。こうした社会不安を背景に、ヒッピーと呼ばれるベビーブーマーの若者たちが急増していった。

ヒッピーたちはサンフランシスコを拠点として、アメリカン・ドリームに疑問をもち、社会からドロップアウトすることで結束した。その思想の根本にあったのは、ビート・ジェネレーションから受け継いだ「ラヴ&ピース」を合い言葉としてドラッグとフリーセックスを容認した平和主義であった。やがてヒッピーのムーヴメントは、人種差別問題、女性蔑視問題、ゲイ問題まで包括した大きな潮流として、アメリカはおろか、ヨーロッパや日本にまで広がっていく。彼らの多くが花柄の衣装を好んで身に付けていたことから、そのムーヴメントはフラワー・パワーとも呼ばれた。そして彼らがそのカウンター・カルチャーの共通言語としたのがロック・ミュージックであった。

このムーヴメントが最高潮となった1967年、ヒッピーたちによる反体制文化の象徴として君臨していたのが、ビートルズ
『SGT.Pepper's Lonely Hearts Club Band』だったのだ。

(根木正孝『ビートルズ言論』水曜社より)



僕がイメージするアメリカ西海岸というのは、1980年代以降の西海岸で、太陽がサンサンと照りつけるビーチやビバリーヒルズ、ロサンゼルスオリンピックやハリウッド映画に代表される負の要素をまったく感じさせない、セレブリティ溢れる圧倒的に華やかでオシャレなアメリカだ。




1950年代から1960年代のアメリカ西海岸のカルチャーはじぶんで勉強するまで知らなかった。また1980年代のアメリカ西海岸のイメージづくりとその後の日本のバブルは連動しているし、一貫した経済政策に基づいて仕掛けられたものだから、「美しい花には棘がある」というように、華やかな世界を真に受けるのではなく、一歩引いて冷静に観るほうがいいね。




ビートルズアメリカ西海岸カルチャーをつないで、彼らの作品を考えると俄然面白くなってくるのだけど、いきなり躓くというか、「あれ?」という問題に出くわす。冒頭で紹介した『ラヴァー・ソウル』に収録されている「ノルウェイの森」という曲は聴いたらすぐわかるけれど、これ、すごくインドっぽい。



ビートルズアメリカ西海岸とインド



まったく訳がわからない。


イギリス人から見たアメリカ西海岸と、イギリス人から見たインドというのは、通じるものがあるのだろうか? このあたりは、日本人の地理的感覚からは一番理解しづらい。






イギリス人から見たインドとかけて、アメリカ西海岸と解く。その心は?




The Darjeeling Limited Opening Scene



この謎かけですぐに思い浮かんだのは、ウェス・アンダーソンの『ダージリン急行』だ。ウェス・アンダーソンの作品はどれもコミカルでかわいらしく、そして何よりも絵的な色調が美しい。この作品もそうで、インドのカオスな感じがストーリー的にも画面的にもうまく表現されている。欧米人から見たインドに、西海岸的なポップな明るさがうまく融合された傑作だと思う。


その一方で、インドの負の部分を前面に押し出したり、闇の部分にアクセスすることはなく、インドの汚らしい部分は封印されている。そういった意味でも、彼が音楽にビートルズではなく、キンクスを選んだのもなんとなくうなづける。なぜなら、ビートルズの音楽には、ウェス・アンダーソンが求めていない、どこか鬱屈とした空気が漂ってしまっているから。


ビートルズウェス・アンダーソンはつながらない。






気持ちをあらためて、



ノルウェイの森』からの『ノルウェイの森





この小説も例によって読んだことは覚えているけれど、内容はほとんど覚えていない。主人公がトーマス・マンの『魔の山』を読んでいたことと、その恋人がサナトリウムに入っていたということくらいしか記憶にない。


でも、あらためて読んでみると作中にサナトリウムとは一言も書かれていないし、それに『魔の山』よりもどちらかといえば、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を読んでいるシーンのほうが多く、主人公も『グレート・ギャツビー』推しで、その想いを存分に語っているので、こっちのほうを記憶していてもよさそうなものだ。なのに、なぜ数少ない『魔の山』を読んでいるシーンのほうを覚えていたのだろうか。ま、当時はそもそもフィッツジェラルドを知らなかったので記憶すらできなかったのであろう。


当時はまだ小説を読む習慣がほとんどなくて、『STUDIO VOICE』や『SWITCH』といったカルチャー雑誌で紹介されている本を「今はこれがイケている!」と思い込んで買って、読んだふりをする程度だった。だから読む力がなくて、三島由紀夫は全然読めなかったけれど、村上春樹の『国境の南、太陽の西』を読んでみたら読めて、それでうれしくなって、その勢いで『ノルウェイの森』を読んだのだったと思う。


当時は当時として、いま改めて読んでみると、これが意外に面白い。ビートルズの曲を聴いていて感じる、あれだけヒットしたわりにはどこかすっきりとしない鬱屈とした雰囲気が、村上春樹の作品からも感じられる。また村上春樹は、はぐらかしてなかなか本音を語らないという印象があるのだけど、『ノルウェイの森』では、けっこうはっきりと自分の想いを綴っている。


夏休みのあいだに大学が機動隊の出動を要請し、機動隊はバリケードを叩きつぶし、中に籠っていた学生を全員逮捕した。その当時はどこの大学でも同じようなことをやっていたし、とくに珍しい出来事ではなかった。大学は解体なんてしなかった。大学には大量の資本が投下されているし、そんなものが学生が暴れたくらいで「はい、そうですか」とおとなしく解体されるわけがないのだ。そして大学をバリケード封鎖した連中も本当に大学を解体したいなんて思っていたわけではなかった。彼らは大学という機構のイニシアチブの変更を求めていただけだったし、僕にとってはイニシアチブがどうなるかなんてまったくどうでもいいことだった。だからストが叩きつぶされたところで、とくに何の感慨も持たなかった。

僕は九月になって大学が殆ど廃墟と化していることを期待して行ってみたのだが、大学はまったくの無傷だった。図書館の本も掠奪されることなく、教授室も破壊しつくされることはなく、学生課の建物も焼け落ちてはいなかった。あいつら一体何してたんだと僕は愕然として思った。

ストが解除され機動隊の占領下で講義が再開されると、いちばん最初に出席してきたのはストを指導した立場にある連中だった。彼らは何事もなかったように教室に出てきてノートをとり、名前を呼ばれると返事をした。これはどうも変な話だった。何故ならスト決議はまだ有効だったし、誰もスト終結を宣言していなかったからだ。大学が機動隊を導入してバリケードを破壊しただけのことで、原理的にはストはまだ継続しているのだ。そして彼らはスト決議のときには言いたいだけ元気なことを言って、ストに反対する(あるいは疑念を表明する)学生を罵倒し、あるいは吊しあげたのだ。僕は彼らのところに行って、どうしてストをつづけないで講義に出てくるのか、と訊いてみた。彼らには答えられなかった。答えられるわけがないのだ。彼らは出席不足で単位を落とすのが怖いのだ。そんな連中が大学解体を叫んでいたのかと思うとおかしくて仕方なかった。そんな下劣な連中が風向きひとつで大声を出したり小さくなったりするのだ。


この想いは僕も同感で、ぼくは彼らの子供の世代だから1968年前後のことは知らないし、親も当時のことを教えてくれなかったので、自分で調べてあとからわかったのだけど、僕が浪人生だったころの予備校の先生や、大学生だったころの教授陣に学生運動をやっていたらしい人がけっこういた。


なかには、山本義隆さんのように素晴らしい人もいたけれど、彼の場合は「なんでこんなに頭のいい人が予備校なんかで教えているのだろう? 大学でもっとバリバリ研究すればいいのに」と思えて悲しくなったのだけど、そういう人はごくわずかで、大概がくだらない連中だった。「講義を欠席したら即落第」とか厳しく取り締まる先生にかぎって、自分が学生のころは授業をボイコットしていたり、あるいは逆にまったくやる気がなく、つまらない講義をダラダラして、学生から「あの先生、はやくやめたらいいのに」と陰口を叩かれるような人たちだった。


1968年と、僕も経験した1995年前後というのは、よのなか全体がおかしかったように思う。


そのおかしな社会に同化するのか? 抗うのか? 距離をとるのか?


そして、どう生きてゆくのかが問われ、ビートルズ村上春樹が共鳴して表明していたのが、アメリカ西海岸でヒッピー・カルチャーを巻き起こした若者たちが、ビートニクから受け継いだ「ラヴ&ピース」を合言葉とし、ドラッグ(酒)とフリーセックスを容認した、平和主義だったのか。


やれやれ




それで、今までほとんど読んでいなかったビートニクの作家(ビート・ジェネレーション)を読んでみようということで、一番評価の高いバロウズの『裸のランチ』を読んでいるのだけど、正直びっくりしている。確かに社会からドロップアウトしていて、ドラッグ漬けでヤバくて、人間的にもう終わっているのだけど、なんというか、すごく頑張ってる感があって、「ドラッグ中毒を極めてやるぞ! 」という感じで、僕が想像していたのと真逆だった。ドロップアウトの仕方がすごく西洋的というか、


ビートニクの作家を一言でいえば、マッチョ!


対して


村上春樹を一言でいえば、ふにゃふにゃ


春樹のほうもお酒はよく飲むし、女の子とセックスばかりしていて、おちんちんは大きいって書いているのだけど、もうね、やってることも、言ってることも、ふにゃふにゃ


どっちがいいという訳ではなく、どちらも共感しないのだけど、僕がビートニクと聞いてイメージしていたのは、中島らものようなグダグダの人で、それで言えば、まだ村上春樹のほうが近いかも。





村上春樹の『ノルウェイの森』は、ビートルズの『ノルウェイの森』をモチーフとして書かれており、作中でも「ノルウェイの森」やビートルズのほかの曲がしばしば流れる。アメリカ西海岸=ヒッピーカルチャー=ビートニク=ラヴ&ピース》という観点では両者は密接につながっていて、村上春樹の『ノルウェイの森』はよくできた作品だと思う。



ただ、ひとつ物足りない点があって、それはビートルズの『ノルウェイの森』に感じられるインド的なるものの探究がほとんど見られないということだ。


ビートルズの『ノルウェイの森』をもう少し掘り下げてみたいのだけど、この曲と通じるのは、先ほど紹介したキンクスの一連の楽曲だと言えなくもないけれど、両者は背負っている使命が異なるので、やはり繋がらない。ビートルズの『ノルウェイの森』と繋がるのは、同じくビートルズのこの曲だと思う。



Across The Universe (Remastered 2009)



アメリカ西海岸のヒッピーカルチャーと呼応したニューエイジ運動


ドラッグの幻覚症状→サイケデリックマントラ→インド的なるもの


というライン。こっちのほうをもう少し掘り下げてみてもいいかなって思う。





だだ、インド的なるものの探究は時間がかかるので、ひとまず置いといて、もういちど村上春樹の『ノルウェイの森』に戻る。この作品で気になるのは、緑とレイコさんというふたりの女性だ。


主人公の男はふにゃふにゃでまったく希望を感じないし、村上春樹じしんもそれほど重きを置いてないように思うのだけど、登場する女性、特に新たな恋人になるであろう緑と、恋人の直子と一緒にいる彼らより年上のレイコさんという女性の描きっぷりには彼の思い入れがあるように感じられる。まず、緑。


「あなた『資本論』って読んだことある?」と緑が訊いた。

「あるよ。もちろん全部は読んでないけど。他の大抵の人と同じように」

「理解できた?」

「理解できるところもあったし、できないところもあった。『資本論』を正確に読むにはそうするための思考システムの習得が必要なんだよ。もちろん総体としてのマルクシズムはだいたい理解できていると思うけれど」

「その手の本をあまり読んだことのない大学の新入生が『資本論』読んですっと理解できると思う?」

「まず無理じゃないかな、そりゃ」と僕は言った。

「あのね、私、大学に入ったときフォークの関係のクラブに入ったの。唄を唄いたかったから。それがひどいインチキな奴らの揃っているところでね、今思いだしてもゾッとするわよ。そこに入るとね、まずマルクスを読ませられるの。何ページから何ページまで読んでこいってね。フォーク・ソングとは社会とラディカルにかかわりあわねばならぬものであって・・・・なんて演説があってね。で、まあ仕方ないから私一所懸命マルクス読んだわよ、家に帰って。でも何がなんだか全然わかんないの、仮定法以上に。三ページで放りだしちゃったわ。それで次の週のミーティングで、読んだけど何もわかりませんでした、ハイって言ったの。そしたらそれ以来馬鹿扱いよ。問題意識がないだの、社会性に欠けるだのね。冗談じゃないわよ。私はただ文章が理解できなかったって言っただけなのに。そんなのひどいと思わない?」

「ふむ」と僕は言った。

「ディスカッションってのがまたひどくてっね。みんなわかったような顔してむずかしい言葉使ってるのよ。それで私わかんないからそのたびに質問したの。『その帝国主義的搾取って何のことですか? 東インド会社と何か関係あるんですか?』とか、『産学協同体粉砕って大学を出て会社に就職しちゃいけないってことですか?』とかね。でも誰も説明してくれなかったわ。それどころか真剣に怒るの。そういうのって信じられる?」

「信じられる」

「そんなことわからないでどうするんだよ、何考えて生きてるんだお前? これでおしまいよ。そんなのないわよ。そりゃ私そんなに頭良くないわよ。庶民よ。でも世の中を支えてるのは庶民だし、搾取されてるのは庶民じゃない。庶民にわからない言葉ふりまわして何が革命よ、何が社会変革よ! 私だってね、世の中良くしたいと思うわよ。もし誰かが本当に搾取されているのならそれはやめさせなくちゃいけないと思うわよ。だからこそ質問するわけじゃない。そうでしょ?」

「そうだね」

「そのとき思ったわ、私。こいつらみんなインチキだって。適当に偉そうな言葉ふりまわしていい気分になって、新入生の女の子を感心させて、スカートの中に手をつっこむことしか考えてないのよ、あの人たち。そして四年生になったら髪の毛を短くして三菱商事だのTBSだのIBMだの富士銀行だのにさっさと就職して、マルクスなんて読んだこともないかわいい奥さんもらって子供にいやみったらしい凝った名前つけるのよ。何が産学共同体粉砕よ。おかしくって涙が出てくるわよ。他の新入生だってひどいわよ。みんな何もわかってないのにわかったような顔してへらへらしてるんだもの。そしてあとで私に言うのよ。あなた馬鹿ねえ、わかんなくたってハイハイそうですねって言ってりゃいいのよって。ねえ、もっと頭に来たことあるんだけど聞いてくれる?」

「聞くよ」

「ある日私たち夜中に政治集会に出ることになって、女の子たちはみんな一人二十個ずつの夜食用のおにぎり作って持ってくることって言われたの。冗談じゃないわよ、そんなの完全な性差別じゃない。でもまあいつも波風立てるのもどうかと思うから私何も言わずにちゃんとおにぎり二十個作っていったわよ。梅干し入れて海苔まいて。そうしたらあとでなんて言われたと思う? 小林のおにぎりは中に梅干ししか入ってなかった、おかずもついてなかったって言うのよ。他の女の子のは中に鮭やらタラコが入っていたし、玉子焼なんかがついてたりしたんですって。もうアホらしくて声も出なかったわね。革命云々を論じている連中がなんで夜食のおにぎりのことくらいで騒ぎまわらなくちゃならないのよ、いちいち。海苔がまいてあって中に梅干しが入ってりゃ上等じゃないの。インドの子供のこと考えてごらんなさいよ」

僕は笑った。「それでそのクラブはどうしたの?」

「六月にやめたわよ、あんまり頭に来たんで」と緑は言った。「でもこの大学の連中は殆どインチキよ。みんな自分が何かをわかってないことを人に知られるのが怖くってしようがなくてビクビクして暮してるのよ。それでみんな同じような本を読んで、みんな同じような言葉ふりまわして、ジョン・コルトレーン聴いたりパゾリーニの映画見たりして感動してるのよ。そういうのが革命なの?」

「さあどうかな。僕は実際に革命を目にしたわけじゃないからなんとも言えないよね」

「こういうのが革命なら、私革命なんていらないわ。私きっとおにぎりに梅干ししか入れなかったっていう理由で銃殺されちゃうもの。あなただってきっと銃殺されちゃうわよ。仮定法をきちんと理解してるというような理由で」

「ありうる」と僕は言った。

「ねえ、私にはわかっているのよ。私は庶民だから。革命が起きようが起きまいが、庶民というのはロクでもないところでぼちぼちと生きていくしかないんだっていうことが。革命が何よ? そんなの役所の名前が変るだけじゃない。でもあの人たちにはそういうのが何もわかってないのよ。あの下らない言葉ふりまわしている人たちには。あなた税務署員って見たことある?」

「ないな」

「私、何度も見たわよ。家の中にずかずか入ってきて威張るの。何、この帳簿? おたくいい加減な商売やってるねえ。これ本当に経費なの? 領収書見せなさいよ、領収書、なんてね。私たち隅の方にこそっといて、ごはんどきになると特上のお寿司の出前とるの。でもね、うちのお父さんは税金ごまかしたことなんて一度もないのよ。本当よ。あの人そういう人なのよ、昔気質で。それなのに税務署員ってねちねちねちねち文句つけるのよね。収入ちょっと少なすぎるんじゃないの、これって。冗談じゃないわよ。収入が少ないのはもうかってないからでしょうが。そういうの聞いてると私悔しくってね。もっとお金持のところ行ってそういうのやんなさいよってどなりつけたくなってくるのよ。ねえ、もし革命が起ったら税務署員の態度って変ると思う?」

「きわめて疑わしいね」

「じゃあ私、革命なんて信じないわ。私は愛情しか信じないわ」

「ピース」と僕は言った。

「ピース」と緑も言った。



このシーンはすごく好きだし、「緑、よくぞ 言った!」って思う。



次にもう一人キーになる人物がいて、それがレイコさんなのだけど、二十歳前後の主人公たちよりもずっと年上の三十代後半で、人生経験が豊富なぶん、どこかゆったりとした余裕がある。そして音楽に長けていて、作中でよくギターを弾く。


レイコさんはビートルズに移り、「ノルウェイの森」を弾き、「イエスタデイ」を弾き、「ミシェル」を弾き、「サムシング」を弾き、「ヒア・カムズ・ザ・サン」を唄いながら弾き、「フール・オン・ザ・ヒル」を弾いた。僕はマッチ棒を七本並べた。

「七曲」とレイコさんは言ってワインをすすり、煙草をふかした。「この人たちはたしかに人生の哀しみとか優しさとかいうものをよく知っているわね」

この人たちというのはもちろんジョン・レノンポール・マッカートニー、それにジョージ・ハリソンのことだった。

彼女は一息ついて煙草を消してからまたギターをとって「ペニー・レイン」を弾き、「ブラック・バード」を弾き、「ジュリア」を弾き、「六十四になったら」を弾き、「ノーホエア・マン」を弾き、「アンド・アイ・ラブ・ハー」を弾き、「ヘイ・ジュード」を弾いた。

「これで何曲になった?」

「十四曲」と僕は言った。

「ふう」と彼女はため息をついた。「あたな一曲くらい何か弾けないの?」

「下手ですよ」

「下手でいいのよ」

僕は自分のギターを持ってきて「アップ・オン・ザ・ルーフ」をたどたどしくではあるけれど弾いた。レイコさんはそのあいだ一服してゆっくり煙草を吸い、ワインをすすっていた。僕が弾き終わると彼女はぱちぱちと拍手をした。

それからレイコさんはギター用に編曲されたラヴェルの「死せる王女のためのパヴァーヌ」とドビッシーの「月の光」を丁寧に綺麗に弾いた。「この二曲は直子が死んだあとでマスターしたのよ」とレイコさんは言った。「あの子の音楽の好みは最後までセンチメンタリズムという地平をはなれなかったわね」

そして彼女はバカラックを何曲か演奏した。「クロース・トゥ・ユー」「雨に濡れても」「ウォーク・オン・バイ」「ウェディングベル・ブルーズ」。

「二十曲」と僕は言った。

「私ってまるで人間ジューク・ボックスみたいだわ」とレイコさんは楽しそうに言った。

「音大のときの先生がこんなの見たらひっくりかえっちゃうわよねえ」

彼女はワインをすすり、煙草をふかしながら次から次へと知っている曲を弾いていった。ボサノヴァを十曲近く弾き、ロジャース=ハートやガーシュインの曲を弾き、ボブ・ディランやらレイ・チャールズやらキャロル・キングやらビーチボーイズやらスティービー・ワンダーやら「上を向いて歩こう」やら「ブルー・ベルベット」やら「グリーン・フィールズ」やら、もうとにかくありとあらゆる曲を弾いた。ときどき目を閉じたり軽く首を振ったり、メロディーにあわせてハミングしたりした。

ワインがなくなると、我々はウィスキーを飲んだ。僕は庭のグラスの中のワインを灯籠の上からかけ、そのあとにウィスキーを注いだ。

「今これで何曲かしら?」

「四十八」と僕は言った。

レイコさんは四十九曲目に「エリナ・リグビー」を弾き、五十曲めにもう一度「ノルウェイの森」を弾いた。五十曲弾いてしまうとレイコさんは手を休め、ウィスキーを飲んだ。「これくらいやれば十分じゃないかしら?」

「十分です」と僕は言った。「たいしたもんです」

「いい、ワタナベ君、もう淋しいお葬式のことはきれいさっぱり忘れなさい」とレイコさんは僕の目をじっと見て言った。「このお葬式のことだけを覚えていなさい。素敵だったでしょ?」

僕は肯いた。

「おまけ」とレイコさんは言った。そして五十一曲めにいつものバッハのフーガを弾いた。

「ねえ、ワタナベ君、私とあれやろうよ」と弾き終わったあとでレイコさんが小さな声で言った。




緑やレイコさんのようなフランクな女性はいいなって思うのだけど、村上春樹が書いた彼女たちを何度読んでもなかなかイメージがわいてこなかった。



でも、例えば、あの子をイメージしてみたら、世界がパッとひらけたのであった。





宇多田光 Utata Hikaru - Across The Universe. Encore 01. WildLife. Live 2010 YokoHama Arena. December 8-9






2月17日(日)

《祝》再結成



遊びでもないのに

日曜日になんで終電やねん

向かえの席に座ったさぁ

もち肌の女の子


例えば、あの子は透明少女




Number Girl - 透明少女 (Live from RSR FES 1999)




2月10日(日)

僕らの力で世界があと何回救えたか






いまは事業部が変わって開発チームにいる。開発業務はゴールがあってないようなもので、やろうと思えばいくらでもやることがあるので、毎日夜遅くまで作業が続く。だから、だんだん朝が起きられなくなってきて、今はふつうの時間に出勤しているのだけど、以前、工場に製造指示を出すポジションにいたときは朝7時から働いていた。


そのとき乗っていたのが、5:54発の電車なのだけど、その電車でよく乗り合わせる舞台女優さんがいて、プライベートだから気づかないふりをしていたのだけど、いつもえらいなって思いつつ、陰ながら応援していた。


マライヤ・キャリーが売れないころにウエイトレスのアルバイトをやっていたという話を聞いたことがあるけれど、あれはなんか違うような気がする。早朝の仕事をして、夕方からの稽古をこなしつつ、俳優業を続けているという人を、僕は何人も知っている。彼、彼女らは別に有名人になりたいと思って演劇をやっている訳ではなく、演劇が身体に染み付いていて、表現する喜びを知っているからこそ続けているのだろう。


そういう彼、彼女らを応援していると言いつつ、忙しくてぜんぜん観劇できていないのだけど、今日なんとか休みを取れたので、その女優さんが出演している舞台を一年ぶりくらいに観劇してきた。





ぐりぐりのSF作品なのだけど、終盤までSFだとまったく気づかなかった。田舎町の高校を卒業した仲間が、数年ぶりに故郷に戻ってきて、そこで繰り広げられる....


サイエンスでもフィクションでもなく、ほとんどノンフィクションと思って観ていいような序盤の展開で、久しぶりに集まった仲間を演じる俳優たちが青春時代のにおいをプンプン醸し出して、観客をどんどん引き込んでいくものだから、こちらもすっかりその気になって、「こいつら一体なにをしでかすんだろう?」とワクワクした気持ちで観ていたのだけど、途中からだんだん雲行きが怪しくなってきて...


「えっ! これ、けっこうヤバイ話じゃねー」(汗)


「そっかー! これ、完全にSFじゃん! 無線部なんてマニアックな人たちが出てきて、なんかいかにもメカメカしい機材をいじくり出した時点で気づくべきだった!」


という感じで、してやられました。。。



とは言っても、劇場を後にしてから冷静に考えたのだけど、"青春ドラマ""SF"って別に相容れないものじゃないよなー



例えば、この作品を観ていて『スタンド・バイ・ミー』を無性にみたくなった。




Stand By Me • Ben E. King



スタンド・バイ・ミー』にSFの要素はないけれど、あの作品の原作者はスティーブン・キングなんだよなー。そう思うと『スタンド・バイ・ミー』と『IT』は繋がっているし、『IT』はホラーというより、ほとんどSFだし、あれは『スタンド・バイ・ミー』以上に青春ドラマだよね。仲間が大人になっても誓いを貫き通せるかっていう。




Stephen King's IT (1990) - Georgie



ひゃやややーーー


こわ 汗....



なんか、今日観劇した『僕らの力で世界があと何回救えたか』ともつながっているような気がする。



『僕らの力で世界があと何回救えたか』の作品自体は怖くて難解だったけれど、俳優陣のキャスティングはすごくよかったなー


メトロポリスの首長を彷彿させる市長役に松永玲子さんを起用したり、大久保祥太郎、斉藤マッチュ、松澤傑の無線部3人組はキャラ立ちしていて、すっごくよかった。



俳優たちにパワーをもらいました!



ありがとうございました。



オレもがんばろー






2月3日(日)

命がけの跳躍


 

 

きのうは7時に仕事を終わらせてランニングするつもりが結局8時すぎまでかかってしまったのでランニングできず。今日はゴルフの朝練とジムのレッスンに参加したけれど、今週は夜ラーメン1回と晩酌1回やったからチャラ。先週の借金を返済することはできなかった。来週がんばろう。

 


 

プロ野球のキャンプがスタートして、今年もいよいよ動きだしたという気持ちだ。我がタイガースも新キャプテン・糸原健斗選手がハッスルしているようで、たのもしい!

 

 

彼は昨年、若手で唯一レギュラーの座を掴んだ男だ。そんな彼にむかって言うのは失礼かもしれないが、昨年のキャンプ前は、彼ではなく中谷選手や高山選手がどこまでやれるかに注目していたのだった。もちろん糸原選手もそこそこやるだろうとは思っていたが、まさかシーズンを通じてレギュラーでやってのけるとは、正直思っていなかった。

 

糸原選手にいったい何がおこったのか?


タイガースファンのあいだでは有名な話なのだけど、彼は一昨年のこの一打で本当のプロ野球選手になったと言われている。



糸原健斗(阪神)「サヨナラヒットで金本監督に思いっきり抱きしめられる」2017.07.09 阪神対巨人


この一撃以来、糸原選手はなにか吹っ切れたように打ちまくった。自信に満ち溢れ、気持ちが前面に出るようになった。何事にも積極的に取り組むようになり、まさに“オレがヤル”という姿そのものになった。結果として昨年レギュラーの座を掴んだし、この変化が矢野監督をはじめ、チームみんなに伝わり、新キャプテンに指名されることになった。


実は、糸原選手を変えたこの一打については、野球事情に詳しい菊地選手も指摘しているとおり伏線がある。



そう、2010年の夏の甲子園仙台育英に逆転負けを喫した開星の、大飛球を放った最後のバッターが糸原健斗選手なのだ。



開星 仙台育英


これを僕は、プロ野球における


命がけの跳躍


と呼んでいる。


糸原選手は、仙台育英・三瓶選手の“命がけの跳躍”によって阻止された夢を7年越しで奪い返し、今度は彼が飛躍したのである。そして彼は名実ともにプロ野球選手となった。


プロ野球選手にいったい誰がなれるのか?


これは本当にわからない。確かに松井秀喜選手や大谷翔平選手のようにプロ入り前から飛び抜けた逸材というのがいるにはいるけれども、それは例外中の例外。プロのドラフトにかかるような選手はみな一様に才能があり、みなプロで通用すると思って入団してくるのだけど、プロの一本目で活躍できる選手はほんの一握りしかいない。


例えば、坂本勇人選手は今ではジャイアンツのショートを当たり前のように守っているけれども、高校時代の彼をみてもジャイアンツで10年以上もレギュラーを張って活躍する選手になるとは思わなかったよ。あるいは早稲田大学時代の鳥谷敬選手はプロでもそこそこやるだろうとは思って観ていたけれど、同期の青木宣親選手がメジャーリーガーになるどころか、プロで通用するとは全然思わなかった。誰がプロ野球選手になれるかは本当にわからないんだよ。


さて、プロ野球選手とは何かについて、マルクスっぽい言い回しをしたから、もう少し踏み込んで言っておくと、『資本論』における商品の観点にならって、プロ野球選手を定義すると次のようになる。


プロ野球選手は、プロ野球選手となる運動としてだけあり、プロ野球選手へと生成してゆく途上にのみ存在する。(※1)


プロ野球選手という事物は存在しない。どんなに素晴らしいヒットを打ったとしても、どんなに美しいサヨナラアーチを描いたとしても、次の日になれば、またふつうに試合が行われる。その試合でヒットを打てる保証はない。運よくヒットが打てるかもしれないし、打てないかもしれない。4タコなんぞ記録しようものなら一転、ファンからブーイングの嵐だ。プロ野球選手とはその運動、日々の営みにおいてしか存在しない。ちなみに糸原選手だって、キャプテンになったからといってレギュラーが確約された訳ではまったくない。


プロスポーツの世界は厳しい。


だからこそ、我々は仕事とまったく関係のない野球やゴルフの試合を観にいき、選手の一挙手一投足を固唾をのんで見守り、勝敗に一喜一憂する。そして、彼らの頑張りが我々の励みとなるのである。


糸原キャプテンがんばれ!


おれも彼に負けないようにがんばろー



※1 熊野純彦マルクス 資本論の哲学』(岩波新書)p.9を参照した.


 

 

 


 

 

 

 

 2019年1月日記Z

 

 

 

 阪根Jr.タイガース

 

 

 

 阪根タイガース