2015年6月



6/28-30

疲・疲・疲



6月27日(土)

仕事のち飲み。



前の職場の同僚に久しぶりに会う。3年ぶりかな4年ぶりかな?
変わっていないようで、変わったようで。


出版業界の四方山話。昨今の大学の文系学部、廃止案についてなど。


どうなんでしょうね? これって、だいたい大学で勉強しなかった連中が、大学では勉強しないということを前提に、「どうせ勉強しないんだったら、金に直結する金融や工学の専門知識を身につけておけ!」ってくらいの極めてレベルの低い話じゃないか。


大学でちゃんと勉強した経験のある人、難解なテキストと向き合って、読書会や翻訳会を開いた経験のある人。そういう人が大学改革、文系学部の是非を問うたならば、金融と工学に特化した大学に編成し直すなんてことはしないでしょう。


今ものづくりの会社で働いているけれども、確かに製品開発のプロジェクトを遂行するうえでは、工学の専門知識を持っている人間は強いし、使える。けれども彼らのインテリジェンスが高いかと言えば、必ずしもそうとは言えない。やはり本を読んでいないので思考の幅が狭い。極端に狭い。


個人レベルで考えるならば、それでいいですよ。金融や工学の専門知識といった金に直結した知識と思考回路を持っていれば食いっぱぐれないから。ただ企業や国といった組織、集団レベルで考えるならば、上記のような単純な思考回路の人間ですべてを構成してしまったら、一見効率化されたように見えて、短期的な成果は出せるけれども、大きな流れを読めないし、大きな変化には対応できないから、結果的に大打撃をうけることになる。やや例えとしてズレるかもしれないけれども、いまのシャープのような企業を沢山生み出すことになるように思う。


また、金融や工学といった専門知識に基づく単純な思考回路を研ぎすますこととは別のインテリジェンス教育をある特定のエリート層だけに行なえばよいか? これもNO。やはり全般的に、せめて大学では教育を行なわなければダメ。ただ、その習熟度に関してはそこそこでいいと思うし、それこそ学ぶモチベーションが上がる、実際の仕事についてからさらに勉強していけばいいんじゃないか。


う〜ん、こういった政策を立てる人間の視野が狭過ぎる。「人文学とは何か? 」、もう少し勉強してから行動をとって欲しい。下記、参考まで(タイトルをクリックするとトークイベントの記録ページに行けます)。


 西山雄二編『哲学と大学』(未來社)刊行記念トークショー




タイトル:哲学と大学 


大学において私たちは何を希望することを許されているのか


  




6月26日(金)

同僚が関西へ帰って行った。



そして、



金曜の夜はPUFFYを歌う♪






6月23-25日(火・水・木)

元気だしていこー!



   



がんばるぞ。オー!



   





6月22日(月)

ニコちゃんの掛け声とともに今週がはじまる。



   




6月21日(


日曜出勤というのは、だいたいやねー、朝エイヤーっておきて早い時間にいってやることをチャチャチャと済ませて帰る! ってのが鉄則ね。日曜日に日が暮れてから会社から帰るのはすごく萎えるからね、これ絶対やったらダメね。


で、じゃ、朝起きられるかっていったらぜぇーーーーーーーーーーったい起きられないのね。肉体も精神も両方やられっちまってるからね、日曜の朝にエイヤーってやっても全然平気で寝れちゃうのね。ま、9時くらいまではね。


で、ああ、9時かー、さすがにやべぇーなって、シャワー浴びて、いつものコーヒーショップ寄って、電車空いてるから、座りながら、チャイラテオールソイミルクをアイスで飲みながらね、会社いくのね。


それで、いつもだったらイヤイヤ病が発病するのだけど、きょうは意外とスムーズにスタートできて、それなりに仕事が捗って、ちょうどもう一人出社していたおっさんの仕事が終わったところで、19時前に帰ることにしたのね。


この時間って冬場だったらもう空が真っ暗で気持ちがブルーになるのね、「こうやっておれの人生は終わって行くのだなー」って。でもね、きょうはめっちゃ明るいのね、19時過ぎてもまだ明るいのね、空が!


気分落ちないのね、空が明るいとやっぱいいね。



6月18・19・20日(木・金・土)

うわー うわー やっちまったー



ドタバタドタバタドタバタ



ああ、大学の親友と企画した旅行に行けなくなってしまった。。。



人生の半分を失ったくらいのショック…



   



はい、今日もお仕事がんばります。



こんなに励まし合ったのは神戸の震災の時いらいのような気がする。



がんばろう世界☆





6月17日(水)

いつもと違う店員さんがメッセージを書いてくれました。



   



毎朝寄ってるこのお店はコーヒーショップというよりもチアリーダー部って感じで好きです。



こちらこそ、いつもありがとうございます☆




6月16日(火)


最近、友達連れで店にくるお客さんが増えた。大の男が、「ナイスショット!」、「おお、飛んでるねー」、「いいんじゃない」なんて言いながら、まるで子どものようにはしゃいでいる姿をみているとなんだか微笑ましい。



   



6月15日(月)


土日けっこう頑張ったからそれなりに前進はしたけど、やらねばならないことが複数あって手が回らず。ともかく本線がさばききれていないから身動きがとれなくなる。まずは本線を!



6月14日(

本当は演劇を観に行きたいのだけど、そこまで時間をとれないからあきらめて、午前中に少し読書。『オスマン帝国』の本に飽きたから、『第一次世界大戦』の本にスイッチ。これは非常に興味深い。日本との関わりが薄いから日本で習う『世界史』ではあまり多くのページを割かれていないけど、世界を動かす大転換点だったと今更ながら思う。


前に、青年団の『ヤルタ会談』という30分くらいの劇を観た。3名の登場人物、チャーチル(イギリス)、ルーズベルトアメリカ)、スターリンソ連)を滑稽に描いた風刺劇だったけど、何が新鮮だったかと言えば、これは第一次世界大戦ではなく第二次世界大戦の話であるにもかかわらず、日本という視点がない、日本は完全に辺境に取り残された国だと実感させられたことだ。


日本にいると日本抜きで世界を捉えるというのがなかなか難しいのだけど、欧米人にとって日本はやはり地球の果ての国なのだ。ロンドン・パリーニューヨークを飛行機で7,8時間で行き来できるのなら、これは東京ー大阪を車で6,7時間で行き来する感覚と変わらないし、欧米の距離って僕が思っている以上に近い。


裏返せば、欧米人にとって世界というのは、やっぱり欧米であって、彼らはなかなか世界を認識することができないのではないか? 中国や日本をはじめとするいわゆる第三世界を意識してもなかなか認識できないのではないか?


だったら日本にいる僕は確信犯的に欧米抜きで世界を捉えるってのもアリだな、なんて思ったりした。


その後、この前みた『死んだらさすがに愛しく思え』の登場人物について考えていたことの延長で調べごとを少々。


50s以降のファッションをネットでググる

ファッション・チェック



50s


   



60s


   



70s


   



80s


   



90s


   


00s


このながれでいけば、21世紀は女の子が街中をすっぽんぽんで歩いていてもおかしくない 汗。。。


そして、夕方から仕事。3つやらねばならないことがあるが全部は無理なので、本線をできる限りやっつけることに専念。日曜日の夜は長い。




6月13日(土)

チームとは何か



似たようなコトバに「グループ」があるが、それとどうちがうのか。「野球チーム」「サッカーチーム」とは言うが「野球グループ」「サッカーグループ」とはあまり言わないことからも、“チーム”というのは単なる集団を超えた、「何らかの目的を実現するために結成されたもの」というニュアンスがあることがわかる。また「チームワークがよい」というときには、何らかの目的に対して、1+1=2以上に機能する(ワークする)というニュアンスがある。こうしたことからもチームは“目的達成を前提としている”と言えるだろう。


西條剛央『チームの力』ちくま新書 p.44.



6月12日(金)

月間売上記録更新を祝って、チームで焼肉パーティー



うまい!




そして、



金曜の夜はhideを歌う♪






6月11日(木)

今日も1日がんばったぞ☆



オー!



   




疲れが….





6月10日(水)

今朝はチャイオールソイミルクラテをアイスで決める☆



まろやか☆








MCRの櫻井さんの『死んだらさすがに愛しく思え』のブログがすっごくいい☆

   櫻井さんのブログ




ちょいと疲れがでてきたぁぁあああZzz….





6月9日(火)


この前みた『死んだらさすがに愛しく思え』の登場人物は日本人っぽくないというか、アメリカ人っぽい感じがした。刑事さんと堀君は日本人っぽかったけど、それ以外の登場人物はアメリカ人っぽかった。後藤飛鳥さんが着ていたワンピースは、どちらかと言えば50年代っぽい、ミッドセンチュリーな感じがした。60年代や、70年代のヒッピーカルチャーよりもアメリカの50年代に興味がある。豊かな時代の虚無感について調べてみたい! でも仕事が….



   




6月8日(月)

今週もはじまりました。



アイスはじめました。



   



今週もがんばろう☆




6月7日(


工場で製品をピックアップして、お店のある都心をめざす、


はずだった。でも今日は日曜日だからいつもの道はいやだ。


都心をめざすのをやめて郊外へ逃亡。


多摩センターから京王線ではなく、モノレールに乗って立川へ。立川から中央線で国分寺へ。


久しぶりに国分寺に来た。なんかいろいろ工事やってて雰囲気かわった。ここに来るといつも西宮北口を思い出すのだけど、なんか変わったなーって、どっちが? どっちも。西北ももう西北じゃないよな、あれどこだよ。あれはもう西北じゃねーよ。西宮球場がない西北なんてもう西宮でも北口でもねーよ!


で、もく的の寺田佳央ちゃんの展覧会@switchpointへ。


佳央ちゃんとは20年来の知り合いということになるのかな?画家だということは知っていて、すごい才能の持ち主だってことも知っていて、写真などでは作品を観たことがあったのだけど、実際に作品を観るのは初めてかもしれない。


ある劇作家が小説のなかで、甲子園にいくかどうかくらいの野球部のピッチャーは140kmのスピードボールを軽々と投げて、「おおっ、こいつ、すげぇ!」ってみんなを驚かすことができるけど、演劇やってても誰も驚かすことができないみたいなことを書いていた。「じゃ、画家はどうか?」って言ったら、ピッチャーと同じで、やっぱりデッサンのひとつでも描いたら、「おおっ、こいつ、すげぇ!」ってなるな。


でも、実際のところ140kmのボールを投げるのはプロでは当たり前で、デッサン描けるのも画家にとっては当たり前で、そういうことじゃないんだよね。


僕が佳央ちゃんを「すげぇ!」って思ったのはもっとさりげないことだった。学生の頃、ワークショップでフィールドワークをした。「このまちの特徴と言えるようなものを探しなさい」ってことで。その時、佳央ちゃんは山の写真をいっぱい撮ってきた。その写真を観て、みんなが「ああ、いいな」って感じた。万人が「いいな」って思うことはないのだけど、いや、みんなが「いいな」って感じた。


佳央ちゃんが撮ってきた山々は特別なものではなく、みんな見ていたのに、だれも気にも留めなかったものだった。それから写真としてもよかった。構図がよかったからか、絵的にも「いいな」と感ぜられるものだった。


そんな佳央ちゃんの絵を20年たって初めて観た。水に落ちた人を描いていて、水に落ちている時間は一瞬だから、それよりもっと長い、地球が生まれてから、生命が生まれてからの時が描かれていた。


絵だから筆触が豊かで、パソコンでは描けない絵だった。
木原くんが「解像度が高い」と言っていたけど、この作品はデジタル化したら描けないから、そもそも解像度では測定不能なのだ。


きょうは久しぶりに会ったから、佳央ちゃんではなく寺田さんって呼んでいた。



展覧会のアルバム



6月6日(土)

  ブログ化




演劇の感想文をアップしました。


  クロムモリブデン『七人のふたり』




感想文タイトル:多幸絶望


  MCR『死んだらさすがに愛しく思え』




感想文タイトル:パパ


 チェケラ☆




6月5日(金)

金曜の夜は尾崎を歌う♪




オレ:「いつになればオレははいあがれるだろう?」


シェリー:「当面ムリね」



6月1〜4日(月・火・水・木)


また4時起きの生活にもどった。なんだか中高生時代の試験期間中のような生活だ。中高生時代と何が違うって? あの時は5日間で試験が終わったのに対して、社会人の今は終わりがない! ということだ。









 日記2015年7月


 日記2015年5月


 日記2015年4月








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