2014年1月(その1)




《1月16日》(木)


矢野顕子にとってラーメンとは何か。

《1月15日》(水)


仕事して、ラーメン食べて、寝る。

   



《1月14日》(火)


   



動かざること山の如し!


いやいや、なんとか動きました。流れました。ふぅー


今週こけたらTHE END。その初日ですから気が気でなかったですよ。でも、危惧していたことがなんとかクリアできて動き出しました。ふぅー


とにかく、2/14〜16日の製品発表会に間に合わせることが一番! 現場の流れが止まらないように目配り、気配り、心配り☆


いま肝になるのが製図と製造なのだけど、製図を任せているKくんの頑張りと製造を取りまとめてくれているHさんの頑張りが非常に大きい。Kくんは僕と同じくらいに3D-CADを始めたのだけど、スキルの向上が著しい。ま、僕はもうダメですな。彼のスピードでは描けません。はい。だから、Kくんに絶対的な信頼をおいていいのだけど、問題は彼は他の案件も抱えているということ。彼が極力動きやすいように、


(1)スケジュールを前もって伝えること
(2)ゴールを明確に伝えること
(3)指示内容を明確に伝えること


Hさんは、ムリは利かないけれど、言ったことはきっちりやってくれる人。Hさんとは日々よく話して、その日やるべきことをお互いに確認し合うこと。けっこうきつい要求もせねばならず、いきなり言ったら断られるけれども、なるべく早く伝えて、どうやってこなしていくか? 作業スケジュールをお互いに考えて話し合えば、道は開ける。


あと気になるのは作業場の雰囲気。この1ヶ月、我々のチームが相当厳しいのは確かなのだけど、他のチームも同じく厳しい。厳しい者同士だから、なかなか他のチームを寛容にみることができない。例え、我々が頑張っていたとしても、目に障る、気に障るということもあるだろう。この1ヶ月の我々の動き、製造ノルマを情報展開して、危機意識を共有してもらえるように働きかけよう。

《1月13日》(月)


出勤。
14,15,16日が山場だからいろいろ準備。山場が多過ぎるよな。

あとはスケジュールをこなすだけ! という状態にもっていきたいのだけど、まだまだテストせねばならないことが多過ぎて進むに進めず、しかし進まなあかん。

《1月12日》(日)


出勤を取り止め、終日読書。
今朝の日経新聞に書評が載っていたクリスティア・フリーランド『グローバル・スーパーリッチ』(早川書房)という本が気になったので本屋に行ったが売り切れ。残念。ただ、読んだ方がいいとは思うけど、鹿野嘉昭氏による書評のコメントだけでも十分かと思う。引用する。


いつの時代にも、富裕層と貧困層とが存在する。しかし、2年ほど前の米ウォール街占拠運動が示すように、その格差は近年、拡大傾向にある。そうしたなか、新たに登場したのがプルトクラートないしスーパーリッチと称される年収1千万ドル以上の超富裕層である。彼らは各国人口の僅か0.01%にすぎないが、世界の富の多くを独占する。


本書は、この超富裕層の実像や彼らが登場するに至った背景などを浮かび上がらせる。超富裕層の多くはごく普通の家庭で育ち、トップクラスのビジネススクールを卒業した人々であることが指摘される。彼らはまた、金融規制の緩和、国有資産の売却、社会主義経済から市場経済への移行といった流れに乗って成功し、経済の勝者総取り化の進行とともに出現した。技術進歩とグローバル化の結果、各分野で最も成功した人だけが莫大な報酬を得られるようになった。超富裕層は欧米大企業の最高経営責任者(CEO)、金融のトレーダーやロシア、インド、中国など新興国の起業家からなる。


彼らは「労働する金持ち」と評せられるように懸命に働く。それゆえ、一財産を築いた後も転落する不安に駆られて仕事にまい進するなど、不安定な日々を送る。家庭を持っていても子供になかなか会えない。現在の地位を子供に引き継げないことが負の側面として指摘される。また、超富裕層への富の集中は結果として中産階級の所得を低下させ、消費需要や雇用の減退を経由して格差拡大をさらに促す。しかし、超富裕層は努力しない貧困層には厳しく、税制を通じた所得の再分配を否定する。自らが適切と判断した人々のみを対象に、慈善団体への寄付を通じて支援するのである。


以上が、著者が見立てた超富裕層の姿である。


まさに私が日々感じている疑問そのもの。


いまマルクスを読み始めたのだけど、別に「共産主義/競争主義」の二者択一といった原理的なレベルで考えようという気は毛頭なくて、「こんなことやってたら、よのなかすぐに行き詰まるよな、おかしくなっちゃうよな」という実感、上記のような、ちょっと考えれば誰でも分かりそうな疑問に誰もまともに答えてくれないから、自分で考えようと思った、ただそれだけのこと。やれやれ。


それで、先日読み始めた熊野純彦マルクス 資本論の思考』(せりか書房)をいきなり通読してもいいのだけど、マルクスの予備知識がまったくないから寄り道。



内田樹×石川康宏『若者よ、マルクスを読もう』(かもがわ出版)を読む。



   



う〜ん、この本、内容は読み取れるからいいけど、編集としてはズッコケてるよね(汗)。ぜんぜん議論が噛み合ってないじゃん(笑)。途中内田先生が「ぼくたちのような、それぞれの政治的立場も意見も違う人間同士が、愉快かつ礼儀正しく政治について対話ができて、それぞれがそこから生産的な知見を汲み出しているということを実例として示すということが、けっこうたいせつなんじゃないかと思うのです」と自分でフォローしているけど、う〜ん、これはちょっと綺麗にまとめすぎ。


内田先生は、石川先生がマルクスを全面肯定してくると読んで、そのノリにあえて同調しないで変化球で返しているのだけど、対する石川先生は全然受け身を取れてないし、ま、座談会で変に同調して誰かを担ぎ上げるみたいなノリになっちゃったら気持ちわるいから、内田先生のこの戦法はいいし、内田先生の単著なら内田節全開って感じで全然OKなのだけど、石川先生との共著だし、往復書簡だし、石川先生の愚直さも分かっているのだから、その愚直さをある程度受けとめる、石川先生の書いていることをじっくり読んで返信するというプロセスも必要じゃないかなーって思いました。


さて本題。マルクスを勉強する上での私の着眼点は、「命がけの跳躍」よりもむしろ、「ヘーゲルをどのように継承し、どのように批判的に展開しているか」ということ。その点については、この本で掴めた。


ヘーゲルマルクス弁証法というか、世界を見抜いてゆく上で、動的メカニズムを捉えているという点では同じである。しかしその主眼が、ヘーゲルは「精神の現象」であるのに対して、マルクスは「史的唯物論」であるという点が違う。


史的唯物論が「唯物論」的であるということは、それが、人間社会の歴史的な変化の原動力を、「神」や「自我」といった社会の外に立つ何らかの精神に求めるのではなく、あくまでも社会そのものの内部に探求していくということです。生物の進化や宇宙の進化を「神」の意志から説明するのではなく、事柄そのものから説明することが今日の自然科学のあたりまえの姿であるのと同じように、人間社会の進化もまたその事柄自体から説明しようとするのが、史的唯物論の立場です。(石川)p.171


もう少し平たく言えば、


「事件は会議室で起こっているんじゃない。現場で起きているんだ!」


(『踊る大捜査線』)


ということでしょうか。


ただ、この違いを違いと受けとめるか、それとも同じと受けとめるかは考え方次第だと思う。そもそもヘーゲルマルクスでは生きた時代が違う。ヘーゲル後進国ドイツの危機を感じていたし、カント[観念論、カテゴリー、静的な世界像]に対する批判として[精神・歴史、弁証法、動的な世界像]を構築した。対して、マルクスはイギリスの産業革命におけるひどい労働環境を目の当たりにして、「こりゃ、なんとかせなあかん」と感じ、世の中に対して変革を求めた。だから、前提が違うというだけで、批判的に現状を乗り越えようとしたという点では、ヘーゲルマルクスも同じであり、ヘーゲルからもマルクスと同様に「現場性」を読み取ることができるし、ヘーゲルの言う「精神」を社会の外ではなく、社会の中に見い出すことも可能だと思う。ま、「ヘーゲルがなぜあそこまでドイツの本質、底力を疑わずに肯定できるのか」は確かに分からん??? ありゃ、天然だろ(笑)、マルクスが苛立つのも分からんこともない。


さてさて、自分で言うのもなんだけど、今日一日けっこう勉強したよな。このあとどう展開しようか? マルクスもいいけど、やっぱりヘーゲルかな? ヘーゲルが『精神現象学』を書くに至るまでを調べてみても面白いかもしれない。


ま、明日はさすがに工場に行かないとヤバいわな。明日働かなかったら、14日からのスケジュールに乗って行けない。明日は、読書ではなく仕事!


では、おやすみ。

《1月11日》(土)


東京なう。今日は朝9時から夜9時までプロモーションビデオの撮影。皆さんお疲れ様でした! プロのロケ班と一緒に工場をまわる。プロの撮った映像をみていると「やることなすことすべてがカッコイイ」のであった。こんな俺をシェリーにもみせてやりたかった。 シェリー♪


   

《1月10日》(金)


   仕事ぼちぼち


   読書ぼちぼち

《1月9日》(木)


楽しい一日。仕事は次々あったが、きつくなく、しかも相棒がよかった。うんざりした日になるのは、きまって仕事のせいではなく、ときどき仕事に伴って生ずる不愉快なことのためである。性急さ、争論、あつれきなど、疲労し、また気落ちするのである。五分間口論するよりも五時間働いたほうがいい。(エリック・ホッファー『波止場日記』より)

《1月8日》(水)


耳鼻咽喉科にゆく。
のどが炎症をおこしているので咳止め薬をくれた。
咳をしすぎて胸のあたりの筋肉が痛いと言ったけど湿布は出してくれなかった。


そんな僕とは裏腹に、現場は奇蹟的にスケジュールをこなしている。
みんなのがんばりのおかげ。感謝。
明日はデータ測定。いい結果がでますように!

《1月7日》(火)


嵐とうらい風とうらい。じかんとの勝負。


年末に治りかけていた風邪が治りきらずまた咳がとまらなくなる。
修士論文を書くためにアパートで1ヶ月間カン詰で作業をしたときに発症していらい、毎年疲れがたまると咳が出て喉が炎症をおこす。エアコンのカビかなんかが喉に住み着いているんじゃないだろうか? 医者に診てもらってもはっきりとした原因は分からないのだけど、咳が止まらないので明日午前中に医者にみてもらうことにする。

《1月6日》(月)


初出式


いよいよだな感あり。嵐の前の静けさなり。




藤田寛之『藤田寛之のゴルフ哲学』(日経プレミアシリーズ)読了。


藤田プロは基本を大切にする人。シンプルな反復練習でフォームを固め、実戦で求められる複雑なケースに対応してゆく。この考え方は僕もすごく好き。例えば受験数学で、できもしないのに東大や京大といった難関大学の問題ばかりあつめた問題集を買ったところで、頭が良くなった気分になれるだけで実力は全然伸びない。対して、青チャートの例題を簡単だからといってバカにしないで、コツコツとちゃんと解いていた人は、あとでぐぐぐっと伸びる。


   


次は、尾林弘太郎『ロジカルゴルフ スコアアップの方程式』(日経プレミアシリーズ)を読もう。シャフト開発とはあまり関係ないけど、まずはゴルフの考え方をみにつけよう。

《1月5日》(日)


今日から工場に行こうと思ったが、まだ気持ちの整理がつかず。


いかんせん、明日から2月14〜16日のゴルフフェアまでノンストップで突っ走らねばならないのだ。体が働くことを無意識に拒絶するのもわからなくはない。


午前中に靴下やらシャツやら牛乳やら、それから本を1〜2冊買い出しにいった後は終日自宅でゆるく仕事をする。スケジュール帳を睨みつけ、2月14日までの動きを自分の頭のなかで反芻しつつ、発注関係のチェック。






多和田葉子さんが『言葉と歩く日記』(岩波新書)のなかで、「翻訳家と小説家の間には多少の違いがあるように思う。翻訳家には様々な文体を自由に使いこなし、訳す作品に応じて文体を選ぶことのできる人も多いが、小説家の場合はいろいろな文体を知っていても、それを道具として選ぶことができない。文体が勝手に押しかけてきて、しかも書いているうちに暴れ出すこともある。この特集でも、文体について一番考えていそうな福永さんが、文体について考えたことがない、と発言しているのが興味深いし、納得できる」と語っていた福永さんであるところの福永信さんが、昨年かいた小説を京都から送ってくださった。



   



村瀬恭子さんの絵も美しいすてきな小説をありがとうございます。


福永信さんは1月20日ごろにエッセイ集『星座と文学』を出版されるらしい。ジュンク堂池袋店でフェアもやるらしい。チェケラ☆

《1月4日》(土)


仕事を始めようと思ったが、まだ気持ちの整理がつかず。
今年一年の読書計画を立てることにする。


《2014年の読書テーマ》

(1) マルクス

(2) エリック・ホッファー

(3) ビジネス書・経営書

(4) ゴルフ

(5) 小説


(1) マルクス
哲学は興味があったので学生以来ずっと読んできたが、マルクスは政治闘争の色が濃かったのでずっと読まないでいた。ただ熊野純彦さんが『マルクス 資本論の思考』を出版されたことと、昨今の金融資本主義、グローバル化に対する不信感が拭いきれない(ぼくはこの動きを全否定するというよりもルールづくりが必要だという考えを持っている)ので、自分なりに勉強してみようと思う。


   



(2) エリック・ホッファー
ライターの九龍ジョーさんに「工場で働いているんだったら、ホッファーでも読んでみたら」と勧められた。当初はあまり面白いと思わなかったのだけど、彼がアメリカという確固たる視点を持っていることに気づいてから俄然面白くなってきた。今はマネーゲームに走ってダメになったけど、アメリカは面白い国だと、僕も思う。



(3) ビジネス書・経営書
いま僕は工場に勤めているのでビジネスに近いポジションにいる。経済という観点よりもむしろ人という観点でビジネスについて考えてみようと思う。いま勉強している会社は、スターバックス



(4) ゴルフ
企業秘密で言えなかったけど公表されたので言えるようになった。いま僕はCFRPのゴルフシャフトの開発をしている。だからゴルフを勉強している。ゴルフはまったくの素人だけど、松山英樹選手や石川遼選手といった有望な若手がいるし、女子プロも面白いので、けっこう楽しくやっている。ゴルフを理解するためには、自らプレーするのが一番なのだけど、時間的制約もあるし、同僚にゴルフがうまいヤツがいるので、プレーは彼に任せて、僕は本を読んで勉強しようと思う。これまでいくつか読んだなかで一番フィットしたのが藤田寛之選手の教本。考え方がシンプルで分かりやすい。ここから僕のゴルフ観を築き上げて行こうと思う。


   



(5) 小説
読みたい小説はたくさんあるのだけど、まずは保坂和志さんの『未明の闘争』や北杜夫さんの『楡家の人びと』を読みたい。読み切るというよりも、とにかく毎日が仕事で忙し過ぎて人間的にダメになってしまうので、小説に流れている時間を体感したい。あと保坂さんについて言えば、「記憶」について考えたい。


   


《1月3日》(金)


仕事にそなえて早めに上京しようと思ったのだが、新大阪で足止め。東海道新幹線は、東京―品川間でおこった沿線火災のため、東京―新大阪間全線がストップしているらしい。「最先端システム」が極めて不合理的システムであることを実感。


午前8時20分くらいから3時間半、駅でひたすら待つ。
午前11時55分、運転再開とのアナウンス
新大阪駅の待合室で拍手がおこる。


やれやれ、列車は8時10分発で止まっていたが動き出したので、僕が予約している8時47分発の列車も数分経てば案内されるのだろうと案内掲示板を観ながら待っていたら、8時24分発ののぞみからいきなり12時○○分発ののぞみにジャンプ!


「その手があったか!」と感動すら覚えながら、自分が予約していた列車が消えたことを悟る。最先端システムとはそういうことだったのか! つまり、弱者を容赦なく切り捨てるシステムなのだ!


「運休する列車もあります」というアナウンスは確かにあったけど、何時何分発〜何時何分発までの列車が運休になったというちゃんとしたアナウンスはなかった。ずっと待合室で予約した列車の案内を待っていたじぶんがバカだった。


あと、運休するのは仕方がないにせよ、朝早くからずっと待っている人が大勢いるのだから、午前中の列車を運休にするのではなく、夜に発車する列車を運休にして欲しかった。


愚痴っても仕方がないし、席がなくなってしまったので自由席をめざす。27番線という新大阪発の列車しかこない穴場のホームを狙うもいっぱい。まるでラッシュ時の池袋駅のような混みよう。



   



席は取れず。車内にスペースがあれば通路であっても座ろうと思ったけど、通路は小さな子どもや女の子が座っていたので、座るに座れず、寝るに寝られず。


けっきょく立ちっぱなしで品川まで。その甲斐あって、本はよく読めた☆


やっとの思いで、品川駅で降りるも、今度は払い戻しの長蛇の列。改札口を出たのが午後5時4分。午前11時13分着のはずだったのに!



   



新幹線のスピードに頼ったのが悪かったのだが、この遅れのため、新しい年のスタートとして楽しみにしていた演劇公演「工場見学会」をキャンセルせざるを得なかったのは本当に残念だ。


有楽町でおこった火事のせいで、新大阪〜品川〜五反田にたどりつけなかったというのが、腑に落ちない。ちかい将来、ロサンゼルスでおこった山火事の影響で新幹線がストップするなんてことも起こりうるだろう。


恐るべし!グローバル化

《1月2日》(木)

読書に励もうと思ったのですが、昨日の疲れが残っているのか眠たくなったので、寝ることにしました。昼間からけっこうぐっすり眠れました。仕事がスタートすれば休めなくなるので、今は無理せず体をやすめておこうと思います。



昨日のことですが、サッカーを始めたという甥っ子(小2)に中田英寿選手のYouTubeを見せてあげたら、「誰これ? 倒れへんなー ボールの受け方は柿谷に似てるなー」ってコメントしてました。いいコメントだと思います(笑)。



   



いいプレーばかりをあつめたムービーですが、今からみても中田選手のフィジカルの強さは群を抜いてますね。最近は競技レベルが全般的に上がって、絶えずトップの状態でプレーせねばならないからか、食べ物が悪くなったからか、原因は分かりませんが、スポーツ選手の体が弱くなりましたよね。すぐにケガをする。そういった意味でも中田選手を研究する価値がありそうです。

《1月1日》(水)


あけましておめでとうございます。


多和田葉子さんの『言葉と歩く日記』(岩波新書)がすごくよかったので、ぼくも今年は日記を書いてみようと思います。



   



実はノートでは日誌を2005年からずっと書き続けていて、今137冊目になっています。ただ工場に勤めてからのここ1,2年は、働いて食べて寝てだけで一日が終わってしまって、その日を振り返ったり、自分のあたまの中を整理したりという時間がとれないでいます。忙し過ぎるから仕方が無いのですが、やっぱりよくない。毎日毎日、その日いちにちのまとめはしたいと思います。それから読書も。理想は難波和彦先生のような仕事と日記のスタイル。



  難波和彦「神宮前日記」

優良企業上位100社の社長が、難波先生レベルの読書を習慣的に行えるようになれば、世の中全体が、状況に左右されず、地に足の着いた動きになると思うんですけどね。もう少しちゃんと勉強して欲しいものです。


これは、いちサラリーマンも同じことですね。だから僕も今年は読書をもう少し頑張りたいと思います。忙しくて読書なんかしていたら、同僚に白い目でみられそうですが、それでもがんばろうと思います。











 阪根タイガース


 阪根Jr.タイガース